相手にして疲れることを考える人
立て篭もっていた賊を治療させ、連行した後に街の一角にある屋敷へと足を運んだ玄胞と趙雲。
そこは賊の襲来時に義勇兵を募り、駐屯していた袁紹軍兵士と共に戦い命を落とした代官の屋敷だった。
そしてその代官をこの街に任じたのが玄胞、婦人と子供たちとは面識があり、つい先ほどお悔やみの言葉を掛けてきたのだった。
玄胞としては残念としか言えない、もとは袁家の文官で玄胞が街を治める才能ありと目を掛けて任じた人物だからだ。
事実立派に執務をこなして、かなりの人望があったらしい。
一応後任も決めているが、彼ほどではないので悪くならない程度だろうと玄胞。
悪くはならないが良くもなりにくい、現状維持に定評を置ける人物だ。
今のところ亡くなった代官以上に優秀な人材は居ない、玄胞が知る限りで亡くなった代官以上に優秀なものは居ない。
同じように玄胞が任じた他の街の代官を連れてくるわけにもいかない、今後そんな才覚を持つ者が現れか探すしかない。
袁術の事もあり、考える事がこれからも増えていくだろうと、何年も前に覚悟した事をまた思い出す。
「お兄さんも随分と無茶をしたのですね~。 人に任せればいいものを自分で行くとは、剛毅なのか無謀なのか判断に迷います」
その二人を出迎えた、わけではない程昱が顔を合わせるなり一言。
「どうしても知りたい事がありましてね」
ゆったりと椅子に座っている程昱を見つつ、玄胞も近場の椅子に腰掛ける。
趙雲も同じように座り、三者がお互い顔が見えるよう三角形のように位置を取る。
「子龍殿が居なければちょっと面倒臭い事になっていたかもしれません」
「安景殿は賊がどこから来たのか知りたかったそうだ、まあそれが分かっても一苦労でしょうが」
「ふぅむ、どこからやってきたのですか?」
「河南、本初様の従姉妹である袁 公路様のところでしょうな」
よりにもよって、と言う気持ちが強い玄胞。
そもそも袁 本初の領地と袁 公路の領地は隣り合っては居ない。
他所の諸侯が治める領地を越えなければならない、いい迷惑だがよく越えて来たなとも玄胞は思う。
賊の話では向こうの袁家よりもこっちの袁家の方が恵まれているから向かって来た、最初は少数だったがその道中で次々と合流し一時期万を越えたとも。
勿論それほどの規模になると食料の消費が桁違いになる、それを賄うために略奪を繰り返し、時には諸侯の軍と戦いながらここまできたと言う。
それを聞いた時玄胞は頭を抱えた、住んでいた街を捨てさせる決意をさせた袁術も袁術だが、玄胞が状態の改善をしたばかりにその標的になったと言うのが問題だ。
玄胞が何もしなければ発生した賊は袁術の領地で暴れていただろうし、賊が袁紹の領地に向かってくる際に襲われ略奪された街や人々も存在しなかったはず。
「お付きが甘やかしすぎているのでしょう、贔屓と言う言葉では通用しないほど袁術様を至上としていますから」
一に自分の命、二に袁術に対してこれでもかと言うほどの愛玩、三以下に税を搾り取られる領民の事。
正確に言えば領民の事など考えていないと言った方が良い、袁術は名家だから、お付きの張勲は袁術の為。
それだけで横暴になっている、玄胞としても会う度に気を付けましょうと注意していたのだが全く効果がなかった。
袁術と張勲、二人がまともであったらこんな事態にはならなかっただろうと玄胞は考える。
「袁紹殿と同じく、あまり良い話を聞かないのですが」
「ええ、基本的に同質と思っていただいて結構です」
「つまり?」
「自分を名家の出身と鼻に掛け、他者を見下し我侭ばかり言って周りを困らせるようなお方ですよ。 本初様は大人な分、袁術様ほどではないですが」
それを聞いて二人は、あれより酷いのかと各々で考える。
「残念ながら張勲殿は袁術様を分かっておられない、褒貶を状況に応じて使い分けなければ底無しの馬鹿になると言うのに」
褒める一辺倒で気位は青天井、その結果が賊の発生。
さらに他の領主に迷惑を掛けている、早く何とかしないと状況が加速度的に悪化すると玄胞。
それには趙雲と程昱が同意を示す、褒めるだけで状況を見極める人物が出来上がるなら誰も苦労はしないと。
「……私が行かねばならないでしょうね、他のものでは間違いなくまともに話を聞かないでしょうし」
「おうおう、惚れた女に尽くすと決めたんだろう? これくれぇでくよくよしてたら身がもたねぇぜ!」
口調を変えつつ音程を変えない程昱、ではなく程昱の頭の上に乗っかっている宝譿が励ました。
「まあそうですが、実際に袁術様や張勲殿と話すのが嫌なわけではなく、賊が河南から来た事を聞いた本初様が怒るのが嫌なんですよ」
玄胞としては袁術を言い包める事は出来ると思っているのだが、その賊が現れた原因が従姉妹の袁術にあると聞いた袁紹がいきり立って自分で河南に向かいかねないのが厄介。
袁術と同様言い包める自信はあるが、それが出来なかった場合色々準備しなければならない。
手間暇掛けて準備をして、河南に向かい袁術と袁紹が向かい合えば喧嘩になる事間違いなし、起こって当然と玄胞は言い切った。
「袁術様は本初様を妾の子と馬鹿にしてますし、押さえる身としては止めてもらいたいのですよ」
そう言って玄胞は一人の従者を呼び付け、紙と筆を持ってくるように言いつける。
「なるほど、犬猿の仲と言う訳ですかな」
「どちらかと言えば同族嫌悪と言った所ですね、普段はどちらも馬鹿にしている事は裏に潜めていますが」
従者が持ってきた紙と筆を受け取り、机に紙を広げて筆を走らせる。
内容は今回の賊の事と予想される街の復興期間に防衛力の強化、賊が領内に現れた理由とその相手への使者を玄胞が務める事。
さらに袁紹が思いそうな事に対しての言い含めを一番強く書き記す、そして最後に一言。
「我が主は優雅に玉座へと座っている姿が一番似合っている、か」
内容を覗き見た趙雲がニヤニヤと笑みを作って言葉を口に出す。
「それは惚気ですか? 私たちを悶死させる気ならもっと『本初様と離れ離れになって夜も眠れない』、とか最低でそれくらい書いてもらわないと駄目ですよ」
そう野次られても恥ずかしがる事もなく、平然と返す玄胞。
「お二方もいずれそう思う主が見つかりましょう、人の事を言えなくなりますよ」
自身の全てを捧げ仕えるべき主を前にすれば、そう言った感情が容易く湧き上がって来ることを玄胞は知っている。
それを当然とし、恥ずかしいと思うことは一片も無い。
逆に未だそれを知らないと言う事に、玄胞は二人に少しだけ哀れみを持った。
「悲しい事ではないのです、私たちは仕えるべき主の為研鑽してる途中なのですよ」
「左様、学んで行けと言ったのは安景殿ではないですか」
言う二人に、確かにそうだと玄胞は笑う。
趙雲、程昱、荀イク、郭嘉と英傑揃いで手放したくは無いが、どこかに居るだろう真の主に仕える喜びと言うものを知って欲しいと玄胞は思った。
結論、麗羽は愛すべき馬鹿