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仮面舞踏会 第三幕

ザンジス宰相たちの密談が終わると、

重厚な扉がゆっくりと開き、

次々に貴族たちが大広間から姿を現した。


ノアーチェとカリスは向かいの壁際で、

恋人たちの逢瀬を演じながら抱き合っていた。


密談を記録していた魔石が、

仕掛けておいた貴族のポケットからそっと浮かび上がる。

ノアーチェは、目だけでカリスに合図を送った。


(よし、記録完了……!)


二人は人混みに紛れながら、

静かに屋敷の出口へと向かう。

その時だった。


「……あら、こんなところで何をしているのかしら?」


背筋を這うような声。

振り向けば、そこには仮面をつけたマーガレット・ザンジスが立っていた。


金の仮面の下から覗く瞳が、二人をじっと見据える。

幸い、仮面と衣装のせいで正体までは掴まれていない。

——だが、マーガレットの視線が鋭く細まった。


「その……薄水色の髪。

もしかして……貴方、カリス様ではなくて?」


(やばいやばいやばいっ!! ここでバレたら全部終わり!!)


焦るカリスの手を、ノアーチェが静かに握った。

体を寄せて、まるで「君なら大丈夫」と言うように微笑む。

その温もりが、カリスの胸の鼓動を落ち着かせた。


カリスは深呼吸をし、にこりと笑みを浮かべる。

「……流石はマーガレット嬢。

僕を見抜くなんて、聖女様と呼ばれるだけのことはありますね。」


称賛に、マーガレットは少し得意げに微笑んだ。

「ふふっ、群青の王子に褒められるなんて、悪い気はしないわね。」


だが、その笑みが一瞬で硬直する。

マーガレットの視線がノアーチェへと移る。


「……その隣の美女は、一体どなたかしら?」


カリスは、わずかにノアーチェを引き寄せて微笑む。

「僕の、愛する恋人です。」


「……恋人?」


その言葉に、マーガレットのこめかみがピクリと動く。


「カリス様に恋人がいるなんて、初耳ですわ。」

「彼女があまりに綺麗で優しいので、社交界に出すと皆が放っておかないと思いましてね。

…それが嫌で、公にしていなかったんです。

彼女の美しさも、優しさも、全部僕だけのものにしたくて。――まぁ、僕のわがままなんですが。」


そう言って、カリスはノアーチェの頬を撫で、

そのまま頬に軽くキスを落とした。


マーガレットの頬がひくりと震える。

目元は笑っているが、その奥に嫉妬の炎がちらついていた。


「……ふ、ふぅん。そう……。

わ、私はこれで失礼するわ!」


踵を鳴らし、ドレスの裾を翻して去っていくマーガレット。

カリスは心の中で盛大にガッツポーズした。


(よし!去った!!助かった!!あっぶなぁぁぁぁ!!)


息を整える間もなく、カリスはノアーチェの手を引いた。

「行きましょう。ノアーチェ様…。」



外に出て馬車に乗り込む。

カリーナは仮面を外し、胸を押さえて息をついた。


「……危なかったですね。

まさかマーガレット嬢に見破られるとは…。心臓止まるかと思いました。」


ノアは隣で笑みを浮かべながら、彼女の手を取った。

「でも、君がいたから上手くいったよ。

“僕の恋人です”って堂々と言った時、僕、本気でドキドキした。」


「な、なな、何言ってるんですか、ノア殿下っ!」


ノアは片眉を上げ、悪戯っぽく囁く。

「“ノア殿下”じゃなくて――“ノアーチェ様”。

その呼び方、気に入ったよ。任務の時だけじゃなくて、普段もそう呼んでほしいな。」


「だ、だだ、ダメですっ!!」


馬車の外では、夜風がカーテンを揺らしていた。

だが車内の空気は――妙に甘く、熱かった。


***

馬車が王都の石畳を走り去ったあとの夜は、思いのほか冷たく澄んでいた。

車内で私は仮面を外し、やっと自分の顔に戻った。胸の内はまだドキドキが収まらない。任務のせいか、殿下のせいか、いや両方だ。


ノアは私の隣で、いま録音した魔石の音声を繰り返し聴いていた。

彼の紅い瞳は録音の隅々まで吸い尽くすように鋭く、しかし私を見るとすぐに柔らかくなる。そのギャップに、また胸が温かくなるのを感じた。


「次の一手は、輸送ルートに先回りして麻薬を押収することだ」

ノアの声は低く、命令口調でもなく、ただ確かな意志を含んでいた。


私は思わず背筋を伸ばす。

「はい。殿下は国境付近から違法物資が流れていると踏まれているんですね?」


ノアは頷いた。録音の内容から、ザンジス側は単なる金目的ではなく——人を壊す薬物を流している。被害は既に出ている。子供や若者の廃頽。王都にもその影響は及びはじめていると彼は言った。


「君も来るかい?」とノア。私はすぐに「はい」と答えた。手の震えを自覚しながら、彼の手を取る。彼はその手を優しく、しっかりと握り返す。


「ただし」とノアは付け加えた。「君は無茶しないでほしい。前線での突入は僕がする。君には、護衛兼合図役を頼む。君がいなければ、僕は心の底から無力になる。だから君は僕の側にいて欲しいんだ。」


顔が赤くなるのを自覚しつつ、私は素直に頷いた。――私が守りたいのは、ただの王子ではない。彼の優しさも孤独も、全部だ。


「君が前線で血を流す必要はない。君は君の得意分野で充分に強い。僕は——君の勇気を信じてるから、君を守るって約束するよ。」


優しい言葉に、私はじんわりと泣きそうになる。だが任務は容赦ない。互いの甘さに浸る時間はごく短い。


「時間は明朝、日が昇ってすぐ。運送はまだ夜露が乾かないうちに動く。ラスタが合図を出したら、我々は動く。君は合図を受けたら、まず馬上の見張りに合図を送って。運送が停車した瞬間に奇襲だ。」


ノアは地図を広げ、川の渡し場と抜け道、脱出用の小舟置き場まで指で辿った。私は地図に刻まれた彼の指跡を見つめながら、ただ一言。


「私、絶対に守ります。殿下。」


彼は短く笑い、私の手をつつんだ。

「まずは2人で生きて帰ること。約束しよう。」


月光が二人を包む中、私たちは唇を合わせ、短く、しかし確かな誓いを交わした。

そのキスは甘く、でも背後には明日の銃煙のにおいがした。

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