動きはじめた陰謀
煌びやかなシャンデリアが会場を照らし、王都ノルヴィスはこの日、誰もが待ち望んだ「ルノス国王の誕生祭」に沸いていた。
舞踏会場の中央では、白い大理石の床が光を反射し、きらびやかな衣装に身を包んだ貴族たちが笑みを交わしている。
私は――カリスとして、その場に立っていた。
黒の燕尾服を纏い、胸元には薔薇の形をかたどったブローチ。
隣には、白いスーツに金糸の王紋を縫い込んだマントを羽織る第二王子・ノア殿下。
その姿はまさに、絵画から抜け出したようだった。
けれど、殿下の紅の瞳が、わずかに寂しそうに揺れた。
「……カリス。やっぱり、今日は“カリーナ”として隣にいてほしかったな。」
「申し訳ありません、殿下。」
私は胸に手を当て、深く頭を下げる。
「私も殿下の婚約者として、お傍にいたかったのですが――何よりも、殿下の命が大切なのです。カリスとして、必ずお守りします。」
「うん……ありがとう。」
ノア殿下は静かに笑みを浮かべ、私の髪をそっと撫でた。
「でも、このゴタゴタが終わったら――君を“婚約者"として、国中に知らせるよ。」
「……はい。その時は、殿下が私の着るドレスを選んでくださいませ。」
「約束だ。」
「約束です。」
そう言って、ふたりで微笑み合った。
ほんの一瞬、世界が静まり返ったように思えた。
けれど――。
重厚な扉が開き、王国を統べるルノス国王が姿を現した。
赤いマントを翻し、王冠を戴くその姿は威厳そのもの。
隣には優雅な笑みを浮かべるマーラ王妃。
会場は拍手と歓声に包まれ、楽団が壮麗な音楽を奏ではじめた。
(……しっかりするのよ、カリス。任務を忘れないで!)
私は胸の奥で自分を叱咤した。
ノア殿下の命を狙う“不届き者”が潜んでいないか、視線を巡らせる。
あらゆる角度から、音から、空気の流れから――“違和感”を探す。
しかし誕生祭は、何事もなく和やかに進んでいく。
あまりにも平穏で、逆に不安だった。
ー終演間際。
その不安は、現実となった。
「っ――!!」
突然、会場の扉が爆ぜるように開いた。
黒い装束に身を包んだ男たちが、十数人。
全員が剣を手に、王族の方へ駆けてくる!
「やっぱり、来たわね!」
私は咄嗟にノア殿下の前に飛び出した。
鞘から抜いた剣が月光を反射し、金属音が響く。
次の瞬間、刃と刃がぶつかり合い、火花が散った。
「カリス、危ない!」
「大丈夫です、殿下! 下がってください!」
敵の腕を捌き、背後の男の剣を横薙ぎに払う。
軽やかな足さばきで距離を詰め、次の一撃を寸分の狂いなく放った。
黒装の男が呻き声を上げて崩れ落ちる。
その時、ラスタが背後から駆けてきた。
「カリス殿! 援護に入る!」
「ラスタ様! ここは私が何とか食い止めます! ノア殿下と陛下、それに王妃様をお守りください!」
「だが――!」
「お願いします。ここにいる誰一人、命を奪わせない!」
視線を交わす。
その一瞬に、私の覚悟を理解したのか、ラスタは小さく頷き、ノア殿下たちを避難させた。
「皆さん、慌てないで! こちらへ! 出口までご案内します!」
悲鳴が飛び交う中、避難誘導を続けながら、私は剣を振るう。
その時――視界の端に、小さな影が見えた。
黒装の男に狙われている、小さな少年。
「危ない!」
私は反射的に飛び込んだ。
少年を抱きしめ、転がるように床を滑る。
頬をかすめる刃。冷たい風。
だが、少年の体温が確かに腕の中にあった。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「……気にしないで。ここまで来れば安全よ。」
少年を泣きながら迎えた両親の元へ送り届け、再び剣を構える。
呼吸を整え、会場を見渡す。
(あと数人……これで終わり!)
最後の敵を薙ぎ倒したその時、視線の先に――倒れている令嬢を見つけた。
長い金髪、白いドレス。
「……マーガレット嬢!? なんでこんなところに!?」
私は慌てて駆け寄り、抱き起こす。
そのまつげがかすかに震え、彼女の瞳がゆっくりと開いた。
「……あ、貴方は……?」
「ご無事で何よりです。医務室にお連れします、安心してください。」
マーガレットを抱き上げ、走る。
医務室に託し、再び会場へ戻ると、刺客たちはすでに騎士団により拘束されていた。
「……ふう、これで一安心、ね。」
息を吐き、剣を納める。
ノア殿下の無事を確かめようと、王宮の廊下を駆けた。
――そして、角を曲がった先に。
「殿下!」
そこに、無事な姿のノア殿下がいた。
彼は私を見つけ、安堵したように微笑む。
その瞬間。
ヒュッ――。
「っ!?」
耳を裂くような風切り音。
私の反射神経が悲鳴を上げる。
「危ない、殿下!!」
私は、反射的に殿下の前へ飛び出した。
剣で一本の矢を弾き――しかし、二本目が追ってきた。
ーズンッ!!
「……っ……!」
熱が、肩を焼く。
鋭い痛みが全身を走る。
視界が白く弾けた。
「カリス!!」
ノア殿下の声が遠くで響いた。
膝が崩れ、床に落ちる音がやけに静かに聞こえた。
(よかった……殿下に、当たらなくて……)
霞む視界の中で、ノア殿下が駆け寄ってくる。
その紅の瞳が、震えていた。




