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恋人設定は心臓に悪いので、ご遠慮ください

薄水色のワンピースを身にまとい、鏡の前に立った私は、思わずため息をついた。


横に立つノア殿下――いや、今は「ノア」は、白いシャツに黒いズボンというシンプルな服装。

なのに、どうしてこうも上品に見えるのか。歩くたびに空気がざわめく。


今日の任務は、「ラーチェ伯爵の裏で糸を引く黒幕を探る」こと。

表向きは“城下町へ買い出しデート”。

つまり、カモフラージュとしての恋人設定だ。


「カリーナ、僕たちは恋人設定だからね。殿下呼びは禁止だよ。」


「えっ……えっと……じゃあ、ノア様?」


「もっと気軽に。ノアって呼んで。」


そう言って、ノアが顔を近づけてくる。

至近距離、5センチ。呼吸、停止。思考、壊滅。


(近い近い近いっ!!!!!)


ノアの微笑みが爆弾級に眩しくて、脳内で盛大に爆発が起こる。

爆死。


城下町に出れば、民衆がざわついた。


「見て、あのカップル……」

「なにあれ、絵画……?」

「美しすぎて目が潰れそう……」


(わかる。うん、分かる。私を除いてノアだけ見て。頼むから。)


ノアはそんな視線など気にも留めず、穏やかに笑っていた。

そして、まるで自然な流れのように、私の手を取る。


「えっ……!?」


指先が触れた瞬間、電流が走るように体が跳ねた。

ノアはそのまま、私の手を自分の指の間に絡めて、優しく握る。


「恋人なんだから、これくらい自然じゃないとね?」


(自然ってなに!?なにが自然!?私の心臓が一番不自然ですけど!!)


顔から湯気を出している私を横目に、ノアは落ち着いた様子でパン屋の店先を覗いていた。


「この店、子どもたちがよく集まるって聞いたんだ。情報も入りやすいはず。」


(ま、まさかこの完璧スマイルの裏で、情報収集モード入ってるの!?)


ノアがパンを選びながら、さりげなく店主と会話する。

その仕草はまるで、恋人と休日を楽しむ青年。

だが、視線の奥には鋭い光が潜んでいた。


「……やっぱり、まだ“上”がいるみたいだね。」


「上?」


「ラーチェ伯爵の背後に、資金を流していた貴族が数人。

子どもの行方不明事件は、まだ終わってない。」


そう呟くノアの横顔を見て、私は拳を握った。

(絶対に見つけ出す。どんな闇でも、光を当ててやる。)


……でもその前に。


「ノ、ノア……手、そろそろ……」


「だめだよ。恋人設定、忘れてる。」


にこり。


(やっぱりこの任務、命の危険ある……主に心臓に。)


***

城下町の裏通り、レンガの壁に囲まれた小さな路地。

私たちは、古びた酒場の裏口で小さな影を待っていた。


やがて、ボロの外套を着た少年が現れる。

大きな瞳に怯えの色を宿したまま、それでも口を開いた。


「……“影の商人”が動いてる。子どもを攫って、どこかに売ってる。

ラーチェ伯爵はその下っ端だよ。」


ノア殿下――いや、“ノア”の瞳が、その言葉の瞬間に氷のように冷たくなった。

紅い光が、まるで血のように鋭く光る。


「……影の商人、か。」


その目を見た瞬間、私は背筋がぞくりと震えた。

あの優しい微笑みの奥に、こんな冷たい光が潜んでいたなんて。

美しいからこそ、怖い――まるで“光を拒む天使”のようだった。


少年が去り、私たちは再び“恋人設定”のまま手を繋いで歩き出す。

ノアの指が絡まるたび、鼓動が強くなる。


「結局、“影の商人”とは誰なのでしょうか?」


「――一人しかいないさ。」


「殿下!? 誰かご存じなのですか?」


「うん。この国の重鎮、ザンジス宰相だよ。」


私は息を呑む。

ザンジス宰相といえば、慈善事業を通して国民からも厚く信頼されている人物。

まさか、その裏で――。


ノアは静かに続ける。


「父上のお気に入りの一人で、慈善活動家。民も、王宮の人間も彼を“善人”と信じて疑わない。

……でも、僕は知ってる。あの笑顔の下に潜む“暴力”を。

ある夜、彼がメイドを鞭で打っているのを見たんだ。

そのとき、確信した――あの男は、善人の皮を被った悪魔だ。」


(ノア殿下……そんなものを、一人で見ていたの?)

胸の奥が痛む。


「……裏でザンジス宰相がいるなら、計画はもっと綿密に練らなきゃいけないね。」


「どんな計画でも、協力いたします。殿――」


言い終わる前に、ノアが立ち止まり、私に向き直る。

「……ふふ。カリーナ、今“殿下”って言ったね?」


「え?あ、いや、その、つい……!」


ノアは私の顎をそっと指で掬い上げる。

その仕草は優しく、それでいて逃げ場を与えない。


「悪い子には、お仕置きだよ。」


「お仕置き……?」


次の瞬間、唇に柔らかな熱が落ちた。


「――っ!?」


息が止まり、世界が一瞬で溶ける。

心臓の鼓動が、耳の奥で跳ねた。


ノアはその反応を愉しむように微笑み、離れた。


「お仕置きはこんなキスじゃ、効き目がないからね。」


次の瞬間、後頭部に手を添えられ、より深いキスを落とされる。


「んっ……ダメ……ノア……」


唇が離れると、ノアは満足げに囁いた。


「ちゃんと名前で呼べたね。」


(……この人、本当に罪な男です。)

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