推しの部屋で一夜!?
真実をノア殿下に打ち明けたあとも、心臓の鼓動は落ち着かなかった。
(ドキドキドキドキ……心臓、静かにしてお願い……!)
言ってしまった。でも、後悔はない。
“彼だけには、本当の自分を知ってほしい”――そう思ってしまったのは事実だった。
恥ずかしくて、馬車の窓から夜空を見上げる。
王都の灯りが遠くに滲んで、まるで夢みたいに静かだった。
そして、ふと隣を見ると――
いつの間にかノア殿下が“王子の姿”に戻っていた。
「えっ!? いつの間にお着替えを!?!」
「着替えはいつでも常備してるんだ。」
殿下は何気なく言うけど、金髪ウィッグもドレスもいつの間に片付けたの!?!?
(貴族ってレベルじゃない。瞬間変装職人じゃない!?)
「……あまり“ノアーチェ”の姿を人に見られたくないんだ。」
ノア殿下は、少し寂しそうに笑った。
(そっか……“ノアーチェ”は、正義のための仮の姿。
でも私だけが、その秘密を知ってるんだ……)
胸の奥がじんわり温かくなる。
誰にも知られていないノア殿下の一面を、自分だけが知っている。
――それだけで、少し嬉しかった。
そんな私の心情を知ってか知らずか、ノア殿下は穏やかに口を開いた。
「ねぇ、夜も結構更けてきたし……今夜は、僕の部屋に泊まって行きなよ。」
「ひゃい!?」
思わず変な声が出た。
(え!?!? いまなんて!?!? “泊まって行きなよ”って、推しの部屋!?!?!?)
「そ、それは……迷惑では……?」
「迷惑じゃないよ。君は婚約者だし。」
(婚約者だし!?!?!? 軽く言いましたけどそれめちゃくちゃ破壊力あります殿下!?)
ノア殿下は続ける。
「それに、いくら男装してるとはいえ、夜道に一人で帰らせるなんてできない。
……君、男装してても自分が思ってる以上に魅力的だからね?」
「っ……!」
心臓が一瞬止まった。いや、爆発した。
(え、ちょっ、推しが口説き文句をナチュラルに言ってるんですけど!?!?!?)
「……そ、そ、それでは……お言葉に甘えさせていただきます……!」
「うん、よかった。」
殿下は柔らかく微笑んだ。
その微笑みに、世界が一瞬静まり返った気がした。
(やばい。推しの部屋とか……想像するだけで死ぬ。
寝るどころか、命のストックが持たない。)
馬車が王宮の門をくぐり、静かに止まる。
満天の星空の下、ノア殿下が手を差し伸べる。
「おいで、カリス。――いや、カリーナ。」
その手を取った瞬間、
私の鼓動は、もう完全に平常運転を放棄した。
***
夜の王宮は静寂に包まれていた。
煌びやかな昼の姿とは違い、いまは蝋燭の明かりだけがゆらゆらと揺れている。
そんな中、ノア殿下は私の手をしっかりと握り――
「こっちだよ。足元、暗いから気をつけて。」
……ノア殿下が、手を握っている!?!?
(ああああっ!推しが!!推しが私の手を!!)
手が熱い。いや、心臓が先に限界迎えそう。
これ、もう一生洗えません宣言してもいいですか!?!?
そんな私の内心の阿鼻叫喚をよそに、ノア殿下は優雅に歩き続ける。
廊下の先、辿り着いたのは――
「ようこそ、ここが僕の私室だよ。」
静かに扉が開かれた瞬間、息を呑んだ。
白を基調とした部屋に、金の装飾が輝くキングサイズのベッド。
大理石の床の上には、上品な書斎と暖炉。
(で、出た……原作で見たノア殿下の聖域!!
これが“乙女ゲー攻略対象・推しの部屋”ですか!?!?)
「飲み物は紅茶でいい?」
「は、はいっ!ありがとうございます!あの、私のことはお構いなく!」
「構うよ?君の全てを知りたいと思ってる。――だって、僕の婚約者だからね。」
ふっと笑いながら、ノア殿下は私の髪をそっと耳にかける。
(そっ、それは反則ですわぁぁぁぁ!!!尊いですわぁぁぁ!!)
危うく紅茶を吹き出すところだった。
カモミールの香りが、爆発寸前の心臓をなんとか鎮めてくれる。
「殿下、あまりからかわないでくださいまし。夜が眠れなくなってしまいます。」
「ふっ、ごめん。大丈夫、今日は手は出さないから。
君があまりにも可愛くて、つい。」
(手は出さないとか言いながら、言葉が致死量なんですけど!?!?)
そう言って、ノア殿下はお風呂場へと向かっていった。
扉の向こうから、微かに水音が聞こえる。
カモミールの香りと、任務が終わった安心感に包まれ――
瞼が少しずつ、重くなっていった。
……そして。
「ふっ。本当に君は無防備すぎるね。」
お風呂上がりのノア殿下が、すやすやと眠る私を見下ろしていた。
夜着姿の彼の金髪が、月光に照らされて神々しく輝く。
「男と同じ部屋なのに……そんなに無防備でいいの?」
そっと、頬に手を添えられる。
「好きだよ、カリーナ。
僕を助けてくれたあの夜から、ずっと――君を見ていた。」
その声は、まるで子守唄のように優しかった。
「君を守るよ。だから、僕のそばで……僕の愛を受け止めてほしい。」
ノア殿下は、そっと私の額にキスを落とす。
「ん……ノア殿下……ふふ……好き……尊い……」
寝言でそんなことを言ってしまう自分が恐ろしい。
「君も僕のことが好きなんだね。ふふ、じゃあ両想いだ。」
そう言って、殿下は私の唇に軽く触れるだけのキスを落とした。
そして、そっと私をベッドに寝かせながら、微笑む。
「……君の寝顔なら、永遠に見ていられそうだ。」
月明かりの中で、ノア殿下は静かに囁いた。
その微笑みは、どんな宝石よりも眩しく見えた。




