ハーミット・リスタート【入学編】16ページ目 アウロラでのティータイム・終編
もう二十年も前の彼の話を。
当時、彼の先生だったこの人は話してくれた。
どうせ私は彼のお世話係なんでしょ。
なんて、思っていた自分が。
ちょっとだけ恥ずかしく思えてきた。
どこから話せばいいのやら。
ハイプリステス理事長は少し悩みだし。
ブラウニーケーキを一切れ。
口に含んでから。
レオナにヘルシィについて語りだした。
彼女が語り始める一方で。
未だに手がついていないレオナの。
マロンバナナの紅茶からは。
まだほんの少し。
湯気がゆらめいており。
甘い香りと合わさり。
過去への導線と化してゆく。
ハイプリステスは過去を懐かしみ。
哀愁を顔に漂わせて。
教え子の過去を少女に伝えていく。
まずあの子は地元にある。
クレシェンドラ工業学校を卒業してから。
首都にあるワンドワンダーズ魔導学園に入学したの。
工業学校では魔導具の開発なんかをしてて。
それで、彼は在学中に。
今のMAGでいうディスプレイに相当する。
投影魔法を表示するガラス魔導具を開発したのよ。
それがワンドワンダーズの人達の目に留まって。
それが推薦入学の切欠になったの。
ああ、そう言えば。
クレシェンドラの工業学校は二年生までだから。
あの子はオープンスクール卒業後。
ストレートにあそこに入ったから。
十二か十三くらいの歳だわ。
だから、あの子はワンドワンダーズ魔導学園に。
入学したのは十五歳になる前なの。
もちろん、ワンドワンダーズには。
オープンスクールからそのまま入学した子達もいるし。
お金を貯めて二十代くらいから入る人も珍しくわないわ。
前置きが長くなったわね。
それじゃあ、私の知るヘルシィについて話そうかしらね。
私は一年生と二年生の頃の彼の。
魔導具課としての担任だったの。
クラス内では彼は特に目立つ存在じゃなく。
積極的に誰かと話すタイプでもなかった。
成績も優秀ってわけじゃなく。
むしろ算術関連はいつも及第点ギリギリだったわ。
でも、そんな彼は放課後になると。
学生なら誰でも使用できる。
魔導具工房に入り浸って。
今のMAGの原型に当たるものを開発していたわ。
その際に。
他の学生さんとも会話している場面を。
たまに見かけたりもしていたけど。
すぐにヘルシィは独りで黙々と作業をしていたわ。
そうね。
学生時代の彼は孤立していたわ。
自分の頭の中の世界だけで完結していたと。
言ってもいいくらいに。
思わず私の方から。
彼が一年生の時、三月頃に。
放課後、魔導具作りに夢中の彼に話しかけてみたの。
どうして、頑なに一人で作業をしているの。
一緒に作業する友人や。
それこそ友達と遊ばなくていいの。
なんてことを、私は彼に質問してみた。
教師が孤立している生徒を心配して声をかけた。
と言えば、もう少し響きが良くなるかしら。
っと、いけない。
話が逸れたわね。
それで彼がなんて答えたかというと。
『自分が作っている物を他の人に話したら笑われた』
『僕も入試をきちんと受けていたら話をちゃんと聞いてもらえたのかな』
『ズルじゃないけど、僕も僕なりに頑張っているのにな。なんでだろ』
『不気味がられるのも嫌な顔を見せられるのにも慣れたよ』
『だから、ここには本音を話せる人なんていないよ、先生』
私の目じゃなくて。
遠くを見つめながら彼は答えてくれたわ。
私と目を合わせなくて。
別に失礼とは思わなかったわ。
だって、彼の表情を見て。
独りで頑張っているのに。
色々な人から嘲笑じみた反応をされて。
疲れていたり。
うんざりしていたり。
くたびれているのが凄く伝わって来たから。
なんで、そんなに独りで頑張っているかの理由というか。
MAG端末の開発の理由についても。
後々、彼は私に伝えてくれたけど。
今はまだレオナちゃんに教えるべきじゃないわね。
協調生が無いわけじゃないの。
ただ、心を閉じるのに相応の理由が。
ヘルシィにはあるの。
だから、レオナちゃんがここまで。
彼の心を開かせるのってスゴイのよ。
断片的ではあるものの。
ヘルシィの過去を知れてレオナは。
嬉しさよりもいたたまれなさが。
彼女の心の半分以上を占めていた。
とても目の前に出された。
紅茶や菓子を味わえる気分には。
レオナはなれなかった。
対照的にハイプリステスは。
ケーキを食べ終え。
紅茶のラストドロップを。
静かに喉へと通らせた。
「レオナちゃん、あなたヘルシィの弟子になりたいって言ったそうね」
「あれは言葉のあやというか、咄嗟に出た言い訳でして……」
「うふふ。弟子じゃなくて、友達にならなれるかもよ」
今となっては恥ずかしい過去を。
掘り返されると思いきや。
ハイプリステスは優しくレオナに自分の思いを告げた。
ポカンとするレオナに。
もう一度「うふふ」とハイプリステスは微笑むと。
彼女は席を立った。
「ここの店長さんには話をしておくから、ゆっくりお菓子と紅茶を召し上がりなさい」
「は、はい」
「きっとあなたを必要とする人達が沢山現れるから、困ったら相談しなさい」
そう言うとハイプリステスは。
会計を済ませて。
最後にレオナのもとへと寄り。
メモを渡した。
そこにはこう書かれていた。
入学式前日にあなたの寮に立ち寄るわ。
午後の15:00を目処にするから。
ヘルシィからもらったPMAGウォッチを忘れないでね。
「ごちそうさま。またあなたと会えるのを楽しみにしているわ」
貴婦人は茶目っ気を見せつつ。
アウロラを後にした。
いつまでも貸切の貼り紙を。
店先に出すわけにもいかず。
レオナはぬるくなった紅茶とケーキを。
そそくさと食べた。
ぬるまり時間も経ったとはいえ。
マロンバナナもブラウニーケーキも。
甘さは健在で。
彼女の舌は。
その日の仕事が終わってもなお。
一日中その味わいを忘れはしなかった。
……。
…………。
朝が訪れていた。
ハイプリステスとの面接を思い返し終え。
しばらくして、レオナは眠りについていた。
それも誰かに起こしてもらうまで。
起きないほどの。
「あのさ、朝ごはんに行かないの」
「えっ」
ぶっきらぼうながら。
レオナを起こしてくれたのは。
水色のパステルカラーの髪を後ろでまとめたシエルだった。
朝起きたばかりなのか。
食事があるからなのか。
いつも装着しているヘッドホンを。
今のシエルは外している。
「んじゃ、ウチ行くから」
「あ、あの。」
「起こしてくれてありがとう」
「はいはい」
不器用なシエルの優しさが。
レオナはちょっと嬉しかった。
入学式すらまだだからこそ。
同じMAG課のクラスメイトであり。
なにより。
ルームメイトのシエルが。
心をほんの少し開いてくれた気がして。
些細ではあるがレオナには。
充分すぎるコミュニケーションだった。
このままだと朝食に間に合わなくなる。
シエルの気遣いを無駄にしないためにも。
レオナは朝の身支度をすぐに済ませた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今更ですが。
マロンバナナとは熱帯でなく山間部で栽培される果物であり。
皮は栗を思わせる光沢のある渋い黒色をしており。
栽培する農家は多くないものの。
愛好家も多く。
市場価格は高めになっております。
次回の更新は11/5の17:00です。
モナについての回となります。




