第8話 二人のお茶会
コンコンと静かな部屋にノックの音が響く。
ルクスとの勝負を終えて大急ぎでシャワーを浴びた。汗臭いままなんて絶対に嫌。服もちゃんとしたドレスに着替えたい。ルンルンでドレスを選ぼうとすればクローゼットにはドレスルームにはフリルの付いたふわっとしたドレスが多かった。
お父様の趣味ではあったけれど、私の好みとはズレていた。私自身は外側は十歳の子供でも、中身はいい年齢のおばさまだ。おばさまであって間違ってもおばあさんなんて言わせない。もう少し落ち着いたドレスも欲しい。
結局いつルクスが来るか分からなかったから、急いで一番落ち着いたドレスを選んで着る事にした。それでもふわっとした可愛いドレスではあったが。
ノックの音に私はひと呼吸おいて扉を開ける。シャワーの最中、使用人にお茶の準備を頼んでおいて良かった。扉の前にいたルクスは先程の服から普段着るような服に着替えていた。お父様の部屋に行った時は着替えていなかったようだから、その後に着替えたみたいだ。
「いらっしゃいルクス、待っていましたわ!」
「失礼するよ」
どことなく自然な振る舞いと仕草に嬉しくなる。浮かれているのを悟られないようにしなければ。淑女たるもの上品に振る舞わなければ!
ルクスを椅子に座るよう促し、私は使用人が用意してくれていたティーセットで紅茶を淹れる。ルクスの好みは私と同じ、特にこだわりのないストレートのアールグレイだ。こう言ってはいけないのだが、私もルクスもあまり紅茶の違いの良さが分からない。
シンプルにアールグレイであれば、基本どこの貴族の家にもあるはずだ。招待された際に好みをわざわざ用意させる事もないし、珍しい物をと気を遣わせる事もない。
「セシリアは紅茶も淹れられるんだね」
「えぇ、練習しましたの。ルクスにも飲んでいただきたかったんですのよ」
カチャリと小さな音を立てて紅茶を置く。茶菓子はルクスの好きなレモンのケーキ。一応他にマカロンや小さなマフィンも用意しておいた。前回のルクスはレモンケーキが好きだったはずだし、このケーキは今日ルクスとお茶ができると信じて作った私のお手製だ。少しばかり料理人の手も借りたが。
どんな反応をしてくれるかなと少し緊張しながらも、どうぞ食べてくださいませとケーキを差し出す。するとルクスは嬉しそうというより不思議そうな表情をしてケーキを見ていた。
(あれ、ルクスはレモンケーキが好きなはずじゃ……?)
「セシリア、これはなんだい?」
「えっ?」
「あっ、ごめん。見た事がなかったからつい」
嫌いでなかった事にホッとすると同時に、心の底から沸々と怒りが湧き立つ。もちろん態度に出したりはしない。けれど、ルクスの親はレモンも出した事がなかったのか。そこらにありふれてるだろう。まさかと思うがケーキまで知らないとは言わせないぞ。もしそんな事を言おうものなら今すぐに私がルクスの生家へ殴り込みに行く所存だ。
「これはレモンケーキですわ。さっぱりしているから、甘い物が苦手な方も食べられるんですの。今日のこれは私が作ったんですのよ!」
「セシリアが?」
ルクスがケーキをひと切れ口に運べば、私くらいしか気付かないくらいほんの少し、けれどパッと明るい表情を浮かべた。好みが変わっていないようで安心した。そして私が作ったケーキに喜んでくれた事も、私が作ったケーキがルクスの一番最初に食べたレモンケーキだという事に高揚感が溢れてくる。
ルクスの顔を眺めているだけで幸せになれそう。いや既に幸せである。この時間がいつまでも続いて欲しい。私もケーキを一口食べると、慣れない手作りにしてはなかなかの味だった。流石分量を料理人に丸投げしただけある。
「どうでしょうか?」
「美味しいよ。これ、セシリアが作ってくれたんだよね。嬉しいよ」
パッと笑みを浮かべたルクスの顔に心臓が思い切り握られたような錯覚をする。この笑顔を見られるだけで私の人生幸せだ。ありがとう神様、この世界にルクスという人間を生み出してくれて。ルクスの親にはルクスを産んでくれた事だけを感謝しよう。
お父様にはルクスを引き取ってくれた事に感謝している。今までの人生で一番と言って良い程感謝しています。ありがとう。ほっこりとしながらルクスとのお茶を楽しむ。
「セシリア、この前の事について、話がしたいんだ」
幸せだけを噛み締められたならどんなに良いか。どんなに夢のような時間だろうと必ず現実に引き戻される。この前の話とは、すなわち私の求婚についてだろう。良くも悪くも避けたい回答だ。
しっかりしなければ。私はシェラード公爵家長女、セシリア・シェラード。どんな時でも凛として、堂々と現実を受け止めよう。これは私がはじめたのだから、その責任はしっかり取ろう。
「お聞きいたしますわ」
どうか、良い返事がもらえますように。
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のんびり更新しますのでまた次回はしばらくお待ちください