第7話 【ルクス視点】ルクスの覚悟
コンコンッ
執務室の扉を叩く音。ルクスはセシリアとの勝負の後、公爵に言われた通りに執務室へと向かった。何の話か、心当たりがなくもないが、わざわざ執務室まで呼びつけてする程の話はないはずだ。先程のセシリアとの会話で、どこかホッとした気持ちもあり、緊張もない。
「入りなさい。」
「失礼します。お呼びでしょうか、公爵様。」
セシリアの前では父と呼んだが、実際にまだ養子にもなっていない自分がお父様などと呼べる身分ではない。身分だけで言えば伯爵家の三男。長男ならまだしも三男となると、貴族と言えるかも怪しいところ。メリハリを付けたい自分はセシリアの前以外では公爵と呼んでいる。公爵は父と呼んで欲しそうだが。
どこか神妙な面持ちの公爵を前にしても、以前のような過度な緊張はない。セシリアのおかげだろう。前を向き、背筋を伸ばし、堂々とした態度を取れ。シェラード家にいるのであれば縮こまるな。全くその通りである。
どうしても思い出す生家での扱い。気付けば萎縮して、影を薄くし、できる限り目立たないようにしていた。けれどここはシェラード家。公爵が養子にしようと連れて来たのであれば、立場は弁えつつ堂々と、セシリアの言った通りにするのが正しいのだ。
「呼び方についてはもう何も言わん。それより、さっさと本題に入ろう。ルクス、セシリアと話してどう思った?」
「セシリアですか……? まっすぐな方かと……それから、シェラードの名に恥じない令嬢だとは思いますが……。」
「はぁ……そうじゃない……」
ため息をつき、頭を抱える公爵。聞かれた通りに答えたのだが、何か間違っていただろうか。シェラード家のご令嬢、その肩書きだけで十分注目される。気の弱い令嬢なら肩書きだけで萎縮してしまうだろうが、セシリアは逆に堂々としていた。
自分こそが四大公爵家シェラード家のひとり娘だとはっきり口に出して言うことも容易く、だが決して誇示したい訳ではない。家柄に相応しいような性格に育ったのだろう。
「私が聞いているのは、セシリアの求婚についてだ。今日も話しただろう。少々突っ走ってしまっていたが、表情を見るに、お前にとって良い刺激になったのだろう。それで、セシリアとの婚約について、お前はどう考えているんだ?」
なるほど、確かにズレていた。公爵が聞きたいのは自分の気持ちであって、客観視したセシリアについてではない。主観的に見て感じた、セシリア・シェラードというひとりの少女についてだ。
「公爵様さえよろしければ、僕は特に異論ありません。僕もセシリアの事は好ましく思っています。」
「そうか、ならば話しておこう。セシリアに、王家との縁談がきている。」
「はっ……?」
頭が、真っ白になった。セシリアに、縁談。おかしな事ではない、おかしくはないが、納得いかない。どうしてか、何故こんなに、嫌だと思ってしまうのか。セシリアが僕との婚約を望んでいるから? 本人の意思に反しているから?
(違う。僕が、紛れもなく僕自身が嫌なんだ。)
「セシリアは、この事を知っているんでしょうか?」
「あぁ、私が直接話した。まぁ、お前に求婚していた手前、王家との縁談は嫌だとはっきり言っていたがね。」
「そうですか……。」
ホッとひと息安心したものの、どこからか不安がじわじわと湧いてくる。公爵の話は終わっていない。まだ何かあるはずだ。そう、王家からの縁談となれば……
「気付いたか? 王家から来た縁談に、素直に断ると言っても引いてはくれないだろう? ルクス、セシリアとの婚約がなくとも、お前はシェラード家に養子として迎え、直に継ぐ事になる。お前にはセシリアの未来はあまり影響しないだろう。だからこそ、本当にセシリアの事を好ましいと思っているなら、王家との縁談を断れる何かを手に入れなさい。」
「分かりました。絶対に、セシリアと王家との縁談は阻止します。」
「いや、まぁ……それで良いか……。」
王家との婚約。まだ正式に決まっていないにしても、候補として上がっている以上、セシリアと僕の婚約は難しい。他の令嬢が婚約者になるか、あるいは僕がセシリアの婚約者として相応しい何かを手に入れるか。
『ルクスには剣の才があります。』
僕の武器は剣。セシリアが褒めてくれた、認めてくれた心強い武器。けれどそれだけじゃ足りない。勉強も、魔術も学びたい。シェラード家に相応しい人間になりたい。そして、セシリアの隣に立てるような自信が欲しい。
迷っている時間はない。王家との縁談が成立する前に、僕はセシリアとの婚約を認めてもらえるようにする。まずは、セシリアとの約束。誰が見ても文句を言えないくらい優れた人間になってやる。
まっすぐ、堂々とした態度で。ルクスはセシリアの部屋へと向かった。