第58話 まるで廃墟のような
「ここ……」
「セシリア、来たいって言ってただろ?」
人集りを抜け出して、どこかも分からない場所まで飛んできてしまった。ルクスにここがどこか分かるかと問えば、見覚えはあると手を引かれ、連れてこられた場所。
目の前の建物は、古びた教会だった。明らかに手入れされていない庭、ヒビが入り、蔦が這う壁、所々割れた窓硝子、本来なら光を通して美しく輝くはずのステンドグラスは埃のせいか薄暗く曇っていた。明らかに長い間人の手が入っていない場所だ。
「いつから、こうなったのかしら……?」
「分からない。けど、僕が前に来た時も人はいなかった。勿論、今よりはまだ綺麗だったはずだけど」
つまり、もう何年も前からここは使われていない。人が来なくなったのか、教会側がなんらかの事情で手放したのか……どちらにせよ、使わないと判断した後、放棄したのだろう。
ボロボロの教会だったとは言っていたが、まさか放棄された教会だなんて思ってもいなかった。
「これ、入れるのかしら……」
「前は入れたけど……今はどうだろうね。扉が開けば入れるだろうけど、そもそもその扉が動くかどうかも怪しいし、中もガラス片が散らばってるかもしれない」
「まぁ、行けば分かるわね」
「……どうしてセシリアはそこまでして入りたいんだ?」
どうして、と問われれば確かにそう。理由なんて特にない。ただの好奇心。けれど確かに……ここまで廃れていれば、普通は入る気になんてならない。目的の場所には来たのだし、わざわざ中にまで入る理由はない。そう、ないのだけれど……好奇心ではない何か、勘のようなものが、入れと言っている気がする。
「なんでかしらね……まぁ、入ってみれば分かるかも。案外ただの好奇心かもしれないわ」
「そう、良いよ。セシリアが決めたなら。危なそうなら中だけ覗いて帰ろう」
「そうね!」
錆びついて役割を果たさなくなった門を押せば、ギィと音を立てて開いた。錆なのか、欠片なのか、パラパラと門の何かが落ちていく。敷地を跨げば荒れ具合が先程より良く分かる。
雑草だらけの庭に、畑であっただろう場所、枯れた花がそのままに残された鉢植えと花壇。今にも壊れてしまいそうな壁は近付いてみれば案外頑丈に造られていた。けれどヒビの入った場所からポロポロと壁の破片が落ちてくる。教会へ入る扉は錆で色が変わってしまっていて、元の色はもう分からない。壁の塗装も剥げてしまったのか、所々に白が残っているだけ。窓硝子はどうやら外に落ちているらしく、庭の所々からキラリと光を反射していた。
「開けるよ、気を付けてね。危なかったらすぐ離れるから」
「えぇ、大丈夫よ」
ルクスはそう言って、扉に手を付ける。グッと力を込めた瞬間、扉は大きな音を立てて建物の中へ倒れていった。大きな音に驚いたのか、鳥が慌てて羽ばたく音が聞こえる。
「留め具が錆びついて壊れてしまっていたのね」
「こっちも、いつ倒れるか分からない。今のうちに、反対の扉も倒しておこう。中に破片とかは散らばってないし、今の衝撃でも壁は崩れてないから、そこまで危険ではないと思うけど……やっぱり中に入るの?」
「入るわ」
小さなため息と、肩をすくめる動作、仕方なしと諦めたような顔に、ほんの少しだけ申し訳なさが滲み出てくる。ルクスにとって良い思い出ではない上、いつ壊れたっておかしくない廃墟同然の教会。本来なら、私が足を踏み入れる場所でもなかったはずだ。
反対の扉もルクスは同じように手をついて、内側へ力を込めて押せば、簡単に扉は倒れた。相変わらず大きな音を立てていたが、近くにあまり人がいないのか、それとも慣れているのか、反応がない。こちらにとっては好都合だ。
「気を付けてよ」
「大丈夫よ、何かあればすぐに逃げましょう。それに、なんだか大丈夫な気がするの。なんでか、ここに来たいと思ってしまうの……どうしてか知りたいわ」
「セシリアが言うなら……」
ルクスはパンパンと手を叩いて汚れをおたし落とし、改めて私に手を差し出した。私はルクスの手を取って、倒れた扉の上を歩きながら、教会の中へと入って行った。




