第5話 いざ勝負
「遠慮はいりません、お互い本気でやりましょう。」
「お嬢様、その前に着替えた方がよろしいのでは?」
副団長に言われてあっ、と気付く。流石にドレスで打ち合いはできない。
着替えを済ませて戻ってきた私は、副団長が既に用意してくれていた私用の木剣を握る。まっすぐ見た先のルクスは緊張とは違う、どこかぎこちない様子だ。私にとって勝ち負けはあまり関係ないが、どうせやるならお互い本気でやり合った方が楽しい。
「ルクス、先程も言いましたが、遠慮はいりません。副団長の言っていたように、私を打ち負かすつもりでやってくださいませ。」
「お嬢様、アットです。それでは、はじめ!」
是が非でも名前を覚えて欲しそうな副団長を横目に、合図と共に走り出す。やはりまだぎこちないルクスが一歩遅れて向かってきた。先に振り下ろしたのは私。けれど力の弱い私の剣をルクスは軽く受け止める。
近くで見るとよく分かる、どこかぎこちなくて、緊張していて、集中できていない顔。じとりとした汗がルクスの顔に滲み出ている。本気でやらねば意味がない。それでは楽しめない。
「緊張しているのですか? 勝ち負けなどどうでも良いのです。本気で楽しみましょう!」
「……っ!?」
少しずつ、ルクスの緊張が解けていく。打ち合っていて分かるのは、やはり私よりも高い剣術の才能。初めて見たはずの私の剣を、一手どころか二手も三手も読んで仕掛けてくる。私と違って、頭で考えて動けている点が素晴らしい!
私は生粋の感覚派。左に打ち込まれそうだからと右に避け、何となく仕掛けられそうだからと打ち込む。もうルクスの顔に緊張の色はない。
このままでは、体力と力で負けている私に勝機はない。だが、私にあってルクスにないのは、女性特有の柔軟さと、私特有の素早さ。
(前を見ろ)
目に映る動きをよく見る。最小限の動きで躱し、時に大胆に仕掛ける。ルクスの重い剣を受け止めきれずに後ろへ飛んで、再び見据えた先にあったのは、私と同じ、楽しそうな顔を抑えきれないルクスの表情。
(やっぱり、ルクスは私と同じだ。)
まっすぐルクスを見つめ、そして最速で駆け出した。一瞬私を見失ったルクスは、背後から振り下ろされる私の剣にほんの少しだけ反応が遅れた。
取ったかと思ったところで、ルクスの防御するために振られた剣に飛ばされた。誤算だったのは、私が思っていたより速さが出なかった事と、ルクスの反応速度が想像以上に早かった事。目の前に突き出された剣。
「負けましたわ!」
「そこまで! 勝者ルクス!」
楽しかった。得るものも多かった。けれどやはり力も速さも足りない。今の私は十歳、まだまだ鍛えられる年だ。これからは魔術より剣術に力を入れたいものだ。
満足感たっぷりの笑みで振り返れば、対象的に真っ青な顔をして立っているルクス。無理をさせただろうか、元々あまり体調が良くなかったのか、それとも打ち合いで何か気分を悪くしてしまっただろうか。
「ルクス、どうしたんですの! 顔が真っ青ですわ。体調でも悪いのでしょうか?」
「ぁ……ごめん、なさい……僕は、またっ……」
急いで駆け寄って行ったルクスの反応から、何となく察した。前は気付かなかったのかもしれない。昔の事で、あまり覚えていないけれど、似たような事になったのだろう。
ルクスの生家ラウダー伯爵家は、実力重視の家系ではなく、血統を重んじる家だったのだろう。剣を始めたばかりで、これだけ打ち合えるとなれば、相当な才能。それが、仇となったのだろう。ルクスはラウダー家の三男で、兄弟は上に兄が二人だけと聞いている。大方、上の兄との打ち合いで、ルクスが勝ってしまったのだろう。
血統主義は、年功序列の考えが強い者が多い。ルクスは兄に勝ってしまった事で、両親か、はたまた兄二人かは知らないが、目の敵にされてしまったのだろう。シェラード家の養子に出されたのは、体良く押し付けられたか、それとも親切な家族か使用人かが、ルクスの事を手紙にでも書いてお父様に渡したといったところだろう。
どちらにせよ、ラウダー家にいるよりは良いとルクスを引き取ったはずだ。お父様はそういう人だ。きっと事情を知っていて、わざと私には話さなかったのだろう。知ればどうにかしようと、剣術で決闘でも申し込みかねないと思ったのかもしれない。まぁ、知らなくても勝負してしまったのだが。
けれど、知っていようが知るまいが、私の考えは変わらない。
「ルクス、しっかり立って、前を向いてくださいませ。立場や勝ち負けは関係ありません。私にとって重要なのは、楽しいかどうかですわ。」
「楽しいか……?」
「ルクスはどうでしたか? 楽しくはありませんでした?」
ゴクリとルクスは息を飲む。
「たの……し、かった……!」
「私もです! ルクス、勝ったのならば誇って、喜んで良いんですよ。それは、勝った者だけの特権です! また打ち合いましょう、今度は負けませんわ!」
「なら僕は、負けないようもっと強くならないとね。」
そう言って笑ったルクスの顔は、どこか憑き物が取れたような、晴々とした笑顔だった。
一旦書きたいところまで書けたのでのんびり更新にします。