第57話 抜け出す
祭りの浮かれた雰囲気に乗せられてか、周囲の人々は大盛り上がり。私が下に降りてきた瞬間、ワッと沢山の声が音となって響いてくる。とにかく沢山の声が混ざっていて、近いのか遠いのか、怒っているのか驚いているのか、何がなんだか良く聞き取れない。
ここまで大騒ぎになるとは思っていなかったから、むしろこっちが驚いてしまった。けれどすぐにハッと辺りを見回せば、大勢の人々が四方八方から押し寄せてくる。既に囲まれている私達が抜け出すのは難しそうだ。かと言ってこのまま周りの喧騒に呑み込まれてされるがまま勢いの捌け口にされるのは御免被りたい。
「ルクス、ここから抜けて逃げましょう」
「囲まれてるけど、どうするつもりだい?」
「簡単よ、さっきやったでしょう? 私を落とさないでね」
既に諦めて、慣れてきてしまったお姫様抱っこ。そのままルクスの首に手を回し、押し寄せる人々から逃げるように空へ飛び立った。二人分の身体を浮かせるだけの風は周囲にちょっとした暴風のような勢いで襲いかかる。飛ばされそうになりながら、けれど飛ばされる人は一人もいないのを確認して、私は風を操る。
魔術が膜のように私達を包み、波のように風が私達を乗せて運んで行く。まるで空を泳いでいるかのように上下に揺れながら進んで行く。大勢の人々が下から見上げている中、できるだけ人のいない方向へと向かって飛んで行く。
けれど実際には、私にそこまで余裕なんてものはなかった。だって二人浮かせてるのよ!? 私とルクス……しかも支えてもらってるとはいえ私よりルクスの方が背も高くて身体も大きい! 上下に揺れているのは私が上手く風を操れていないせい。安定していないからフラフラしちゃうの。
私の得意な魔術は風じゃない。シェラード家お得意の水が私の得意な属性。得意でもない風の魔術で、慣れない浮遊を二人分。いくら昔より簡単に空を飛べるようになったと言えど、私がほとんど使わない属性ではなんの意味もなさない。
それに……私達を守るように張られているこの膜は、ルクスの魔術だ。これがなきゃ、落ちた瞬間私達は精神的な意味でこの地上からおさらばだ。いつまでもこの状態が保つとは思えない。
「ルクス、少し飛ばすわ。守りは任せるわね」
「……了解、任されましたよっと!」
透明な、時折キラリと光る不思議な膜は、ルクスの使う魔術のひとつ、結界。守りに徹したある属性特有の魔術。私の使えない魔術。次から、こんな目立つところで使わないように言っておこう。王家や……まして神殿から目を付けられたら大変だ。
そのためにも、一刻も早くここから去らなければならない。安定しないまま、仕方なしに私は前へ進める風の力を強める。身体が置いていかれるのではないかと思うほど、ぐんと速さを増した私達は、あっという間に騒ぎの渦中から抜け出すことができた。
王都の中心地から離れ、お祭りの範囲外に出てしまったが、その方が人も少なくて今は有難い。とはいえ、王都中心地から離れてしまったという事は、あまり治安の良くない場所である可能性は高い。
周囲を見渡せば、さっきの騒動で追ってきている人はいなさそうだ。けれどこの辺りに見覚えもない。全く知らない場所に来てしまったらしい。
上手く風を操れなかったせいで、とにかく離れる事しかできなかった。今まで水属性ばかり練習していたけれど、もっと他の属性も使えるようになった方が良いかもしれない。最も、私は剣術の方が得意だけれど。
未だ剣を持てない日々。もしかしたら、私の身体ではこの国で普通とされている剣を持つ事は難しいのかもしれない。そうなると、魔術が私の武器になる。自分の身くらい、自分で守れるようになりたい。剣が持てないなら、振れないなら、せめて魔術で……
けれど、今世の私は魔術をまともに練習していない。剣ばかり振っている。木刀ばかり握って、打ち込みばかりしている。魔術の練習をするなら、早めにしないと。剣が握れないと、学園で騎士科に入る事もできない。魔術は前回学んだ。私が欲しいのは剣術の知識と技術。もういっそ自分で剣を作れれば楽なのに。
「セシリア、大丈夫?」
「あっ、え、えぇ。大丈夫よ。ここ……どこかしら。ルクスは分かる?」
「見覚えはある気がする。あ、思い出した。セシリア、こっちこっち」
思い出したという事は、きっと帰り道が分かったのだろう。こんな場所に来た事があるなんて、一体いつこんな場所に来ていたのだろう。
手招きするルクスに、私はとりあえず着いて行くことにした。




