第55話 飾り
「そういえば、ルクスが迷子になった教会って、どこにあるの?」
「うろ覚えだけど、こことは真逆だったと思うよ。一周回って向こうにも行くから、後で行ってみようか?」
「えぇ! 行ってみたいわ!」
少しだけ沈んだ心が浮き上がる。ルクスが迷子になるというのはかなり意外だが、誰しも子供の頃というものは存在するはずで、子供であれば分からない事だって多いはずだ。何もおかしな事ではない。
信仰心なんて欠片も持ち合わせていない私なのだから、わざわざ教会に行って祈るなんてするわけない。つまりただ記念で行っておきたいだけなのだ。
それからしばらく歩いたが、なかなか浮かんでいる球は見つからない。かなり歩いたし、建物だって違う。王都は広いとはいえ、こんな広範囲でお祭りなんてやっているものなのかと辺りを見渡しながら思う。
どこもかしこもお祭りの賑わいで溢れている。人の数に多少偏りはあるが、どこへ行っても基本人がいる。こうして見ると、王都に住む人々は思いの外多いのだと実感する。
歩き続けてまたしばらくしてから、遠くの方に薄らと赤い何かが浮かんでいるのが見えてきた。全く何故こんなに離れた場所に設置するのか。見えてきただけでまだまだ距離のあるその場所までルクスと手を繋ぎながら逸れないよう歩く。
「セシリア、あれじゃないか?」
「私も見えたわ。まだ遠いわね」
ルクスが指差す先は赤い何かが浮かんでいる場所。赤は『親と先祖への感謝』という何とも不思議な意味だ。親や先祖に対して感謝するのは当然の事で、わざわざ感謝しましょうなんて言わないし、言われないから。
異国から詳細が分からぬまま取り入れた祭りなだけあって、この国の文化とはあまり馴染みのないものも多いのだろう。この祭を最初に開催した人はどういう意図で異国から意味も分からぬ祭を始めたのだろうか。
異国のお祭りだからダメなのではない。詳細が伝わっていないからダメなのだ。やはりというか、私は純粋にお祭りを楽しむというのは少々難しいらしい。
ただ、隣に並び立つルクスが、何だか楽しそうに私の手を引いてくれるものだから、なんだか私も楽しくなってきて、偶にはこんな日も良いかもしれないと思えたのだ。
私はルクスに赤の飾りを手渡し、黄や白の時よりもほんの少しだけ少なくなった人をかき分けて進む。まだここまで辿り着いていない人がいるのだろう。けれど少なくなったといってもやはり人は多くて、かき分けないと進むことができなかった。
疲れてきてしまっていた私達は、球の浮かぶ場所から少し離れた場所にあるバングラスに飾りを括り付けた。ここまで来ると飾りの数も少なくて、それぞれ個性のある飾りを見ることができた。私より歪な形をしている物もあれば、ルクスが作った飾りより綺麗な形の飾りもあったり、名前が書いてあったり、願い事のようなものが書いてある物もあった。
「セシリア、もう行こうか。ここももう少ししたら人が集まってくる」
「そうね、残りの飾りは……三つね。最後の願い事の紙を入れれば四つかしら?」
「最後の紙は王都の真ん中だから、探すのは三つだね。折り返しかな、じゃあ行こうか」
当たり前のように差し出された手を繋いで歩き出す。次の飾りは案外すぐに見つかった。けれど浮かんだ球というより、人集りで見つけたようなものだった。
色は青。空の色と良く似ていて、そのせいで見えにくくなっていた。下に潜り込むようにして人集りの中へ入っていけば、真下からようやく見ることができた。
中心部から離れた場所にいたと思っていたが、球を探しているうちに知らぬ間に王都の中央に向かっていたようだ。もしかしたらそうなるように配置しているのかもしれない。あまり王都中央から離れれば迷う人も多いだろうから。
青の飾りを二人で結い付けてまたすぐに歩き出した。この配置なら少し遠回りして王都中央に向かっていけば残りの飾りも結い付けられるだろう。
既に少し飽きてきてしまった私は飾りや色の意味も見なくなっていた。ルクスと話をしながら王都中央をぐるりと回るようにして飾りを結い付けると、すぐに残りの二つの飾りもバングラスに結い付けることができた。
結局、このお祭りの由来や色の意味に関する事は何もかもが異国──極東──のもので考えてもさっぱり分からなかった。多分、極東とこちらでは文化だけでなく物の見方、考え方も違うのだろう。
どちらにせよ、ルクスと二人きりでのんびりと王都を巡って回るのは楽しかった。残りは願い事の紙のみ。縦長の長方形に切られた紙は簡素な物だが、これに願いを書くか、あるいは何も書かずに中央のバングラスに括りつければ良いらしい。
「ルクスは何か書く?」
「いや……特に書くことはないかな。願うよりも自分で叶えたいしね。セシリアはどう?」
「私もわざわざ書くことはないかも……」
お互い書かなくても良いならそのまま結い付けてしまおうと、王都の中央にある最も大きなバングラスに向かって歩き出す。中央という事と、最後に辿り着く場所というのもあって、どこよりも人が多かった。




