第49話 殿下と手合わせ
「それでは、はじめ!」
私の合図と共にルクスとグレオ殿下が踏み出す。ガツンと木剣同士がぶつかる鈍い音が響いた。
一体何故こうなったのか……
〜
市場からの帰り道、ティアとクライ嬢に聞かれた話が発端だった。
「そういえば、セシリアとルクス卿は随分早く起きられていましたね」
「そうですわね。癖がついているんだと思います。いつも同じ時間に起きますから……」
「何故そんなに早く起きていらっしゃるんですか?」
「剣を振っているから……ですかね?」
私はティアとクライ嬢の質問に答える。朝早く起き、木剣を振る、それが私の日課だった。知らぬ間にルクスもそうするようになっていた。シェラード家は剣術の家系、私は騎士から剣を教わっている。何もおかしくはないと思っていたが、一般的には令嬢が剣を振るというのはおかしいのかもしれない。
けれど二人の反応は少し不思議そうな顔をするだけで、特に訝しがることはなかった。むしろ興味がありそうな顔でこちらを見ていた。物珍しさもあったのかもしれない。
「そういえば、シェラード家は剣術を得意とする家系でしたね。では、ルクス卿と一緒にセシリアも?」
「どちらかといえば、私が先です。朝に素振りをしていたのですが、いつからかルクスも一緒に木剣を振るようになりまして……」
「朝方にセシリアが剣を振る音が聞こえてきたからね。僕も負けていられないと思ったんだ」
初めてルクスと剣を打ち合った日以降、私達は特に試合はしていない。それぞれ個別に鍛錬していた。教えてもらうのは大抵副団長だったが、王都に来てからは本当に別々だ。私は屋敷の庭で剣を振っているが、ルクスは学院でしっかり学んでいるはず。私も早く学園の騎士科の剣術を知りたい。
貴族は学園か学院、どちらかに入学するのが決まり。例外はあるが、ほとんどの貴族は皆どちらかに入学する。学院は平民も多く、実力主義。試験では平気で貴族も落とされる。対して学園は名ばかりの試験の後、貴族はほぼ必ず入学できる。ただし、試験の成績によっては学科が選べない。私は騎士科に入りたいが、実技で点が取れなければ淑女科や魔術科に入学することになるだろう。流石にそれは嫌なので、毎日とにかく剣を振っているという訳だ。
「セシリアが先だったのですか? 意外なような……しっくりくるような……セシリアらしいといえばらしいのかもしれませんわね」
「分かります! 女性が剣術をと聞くと意外に思いますが……セシリア様となると意外というよりやっぱりという感覚です」
「そうでしょうか?」
本当に、二人の中の私のイメージはどうなっているのだろう。けれど、否定されなかったのは少し嬉しい。前回はバカ王子に散々女が剣術なんてと罵られてきたから、受け入れてくれる友人というのは有り難いものだ。
「王都に帰ったら、また手合わせしてみる?」
「良いね、セシリアと手合わせなんて久しぶりじゃないか?」
「まぁ、でしたら別荘の浜辺でやっていただいても構いませんのよ? わたくし達も見てみたいですわ!」
え、と少し固まってしまった私。だって見ていてそこまで面白いものかと言われればそうでもないのだ。私は面白いけど、剣術のことなんてさっぱり分からないはずのティアやクライ嬢にはつまらない時間にならないだろうか。
「もしよろしければ……私も手合わせをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
突然そんなことを言い出したのはグレオ殿下だった。それは私に対して言っているのか、それともルクスに対して言っているのだろうか。どちらにせよ、グレオ殿下は無理だ。下手に怪我をさせられない。
それに、グレオ殿下は私達には勝てない。剣術は見ていないけど、見なくてもなんとなく分かる。グレオ殿下には剣の才能はない。私ならまだしも、ルクスには勝てないだろう。一体何のために手合わせをしたいなんて言い出したんだ。
「流石にセシリア嬢と手合わせをするわけには行きませんが、ルクス卿ならできるかと……今の私がどの程度できるのか知りたいのです」
「ルクス卿さえ良ければ、別荘に戻ってからすぐにでもできますが……どうなさいますか?」
「良いですよ」
「ではせっかくですから、セシリアもやってみてくださいませ!」
「私ですか!?」
〜
と、そんなことがあって、今に至る。ガツンと木剣同士がぶつかる鈍い音が響いている。ルクスとグレオ殿下が手合わせをしている。遠慮なく、無礼講だ、なんて言うものだから、ルクスもほんの少しの手加減で済ませている。
もちろん優勢はルクス。改めて見ても、やはりグレオ殿下に剣術の才能はない。思うように動けていないし、その動きだって分かっていない。感覚と思考が噛み合っていない。
ガゴン! と音がして、グレオ殿下の木剣が飛んだ。
「勝者、ルクス!」
私はルクスの勝ちを宣言した。これで手合わせは終わりだ。グレオ殿下は基礎はそこそこできていたが、やはり応用ができる程上手くはない。ただ、魔術の才能があるかといえばそれも分からない。あるとすれば……人を纏める……
『簒奪者が……』
ザザッと頭の中に一瞬流れてきた映像に思考が止まる。けれど私はすぐにそれを忘れてしまった。
(今……何か考えていたような……気のせいかな)
私はグレオ殿下と入れ替わり、木剣を握った。
「さて、久しぶりの手合わせね」
「お手柔らかに頼むよ」
「こちらこそ」
これからが本番。約二年ぶりの本格的な手合わせだ。
しばらく更新ストップします。




