第39話 お茶会
フェリスとクライ嬢とのお茶会が終わってからしばらく。あれからクライ嬢とも手紙のやり取りをするようになった。流行に詳しくない私は気の利いた返しはできないと思うが、それでもクライ嬢は交友関係を守ってくれている。
もちろん、政治的な意味合いもあるとは思う。私と仲良くなっておけば、第二王子派としてシェラード家を引き込むことができるかもしれない。そうでなくとも、クライ嬢に身の危険が迫った時、私が助けられるかもしれない。交友関係は時に後ろ盾よりも強い効力を持つことがある。
あれからあまりお茶会には行っていない。一度だけ第一王子派主催のお茶会に参加したものの、話が合わない上にお世辞にも良い話とは言えないことばかり。そのくせ流行には敏感で、私がシェラード家の令嬢だからとどうにかこうにか媚を売ってお近づきになろうとする。正直、もう行きたいとは思えない。
王都に来てそう経たないというのに、既に心が折れそうだ。そんな時、クライ嬢から手紙が届いた。お茶会の誘いだ。クライ嬢には多分私が貴族令嬢の交流が苦手だということはバレている。手紙で気の利いた返事も書けず、あれ以来ほとんどお茶会にも行かない。ずっと屋敷に引きこもってばかりの私が得意なんて言えるわけがない!
けれど、それを踏まえた上での招待なのだろう。招待の手紙の他に、もう一枚短い手紙が入っていた。フェリスも一緒に招待していて、人は多いけど穏やかな令嬢ばかりのお茶会だと書かれてあった。
流石第二王子の婚約者、気遣いまで完璧だ。第一王子派との交流はあまりしたくない。どうせ何があろうと、シェラード家は第一王子派になることはない。それは家族全員の総意だ。
ならば今は中立派と第二王子派の令嬢達と関わりを持った方が良い。私はクライ嬢の招待を受け、お茶会に行くことにした。ルクスにも伝えておき、あらかじめ第二王子派が多いことも言っておいた。
「無理はしないで、まずはできる範囲で良いと思うよ」
ルクスが優しくて涙が出そうですわ、出ないけど。
〜
そうして今、私はポートレット家に来ている。侯爵家ともあれば、立派な屋敷に住んでいてもおかしくはない。予想通り……とはいかず、普通の屋敷のようだった。けれど中に入れば、派手すぎない調度品が飾ってあった。どれも値打ちものだ。流石侯爵家。
私は案内されるがまま進んで行く。扉を開けられ、中に通されたかと思えば、そこはポートレット家の庭のようだった。シェラード家程ではないが、よく手入れの行き届いた綺麗な庭だ。花の種類も豊富だ。
庭の真ん中には既に何人かの令嬢達が集まっており、フェリスもいた。使用人に案内され、私も令嬢達の集まる庭の中心に向かって歩いていく。私に気が付いたらのか、クライ嬢がこちらに向かって歩いてきた。
「クライ嬢、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「セシリア様、お待ちしておりましたわ。さぁ、こちらへどうぞ。まだ一名来ておりませんが、もうすぐ到着すると思いますので、それまで一緒にお茶でも飲んで待っていましょう」
「ありがとう、クライ嬢。是非そうさせていただくわ」
クライ嬢が指した椅子はフェリスの隣。フェリスもこちらを見てニコリと微笑んだ。なんだか少し緊張が解けた気がする。クライ嬢には何から何まで感謝しなくてはならない。他の令嬢達も穏やかそうな令嬢ばかり。
どこか穏和な雰囲気も、知り合い同士が多そうな和やかな雰囲気も私には合っていた。会話の駆け引きはできるし、やろうと思えばお茶会も参加できた。それでもやはり苦手意識はある。なんといってもシェラード家はお父様の一代前から引きこもりの家になっている。
前回王太子妃教育でお茶会の作法も学んだし、何度もお茶会に参加してはいたが、あまり得意ではなく、終わって帰ればドッと疲れが出てクタクタになっていた。お父様に頼まれはしたけど、お父様が望む程交流はできそうにない。まぁ、クライ嬢と仲良くなれただけでも及第点だろう。
「セシリア様は確か、アールグレイがお好きでしたよね?」
「まぁ、覚えていてくださったんですね。嬉しいです」
「シェラード公爵令嬢は、クライ様と仲がよろしいんですね」
「えぇ、以前フェリスに誘われた際に知り合いまして……クライ嬢はそれからも手紙のやり取りをしてくださっているんです」
「わたくしもセシリア様とお知り合いになれて光栄ですわ」
さりげない会話に聞きたいことを混ぜてくる。流石の話術だ。けれど嫌な気はしない。困るような内容や貶すようなことは決して口に出さない。馴染みやすくて心地良い程の会話だ。
それでも、言葉の端々から流行や自領の特産品の話が出てくる。知的な令嬢ばかりでスルスルと話が進む。
「そういえば、ポートレット家の庭は素晴らしいですわね! こんなに広いのにとても手入れが行き届いているのが分かります」
「まぁ、ありがとうございます。けれど……シェラード家の庭園には敵わないと思いますわ。セシリア様、シェラード家では確か、薔薇を育てているとか……」
「えぇ。我がシェラード家の象徴である青い薔薇が育てられていますわ。それ以外にも、品種や色の違う薔薇が植えられております。けれど、ポートレット家の庭はたくさんの種類がありますから、どちらが良いかは決められないものです」
「象徴……やはり憧れがありますね」
家の象徴は四大公爵家と王家にのみある特別なものだ。そのため令嬢達は家の象徴というものに強い憧れがある。例えば、王家はライオン、シェラード家は青い薔薇、そしてハワード家が……
「あら、到着されたみたいですわ」
クライ嬢の言葉で皆の視線が動く。その先にいたのは、私には見覚えがないけれど、ブローチの絵で、誰かは一目でわかった。ティア・ハワード。第二王子派筆頭、四大公爵家がひとつ、本や書物を象徴とするハワード家の令嬢である。




