第3話 お兄様
さて、お父様からの許しは出たも同然。後はお兄様の意思だが、こればっかりは私がどうこうできる話ではない。となれば問題は……
「まさかこんなに早く王家から話が来てたなんて、思いもしなかったわ」
バカ王子との婚約は、思っていたより早い段階から話があったようだ。幸運なのは、父がそれに対して私の意思を尊重するため、明確な返答を避けてくれていた事。
現在私は十歳。数ヶ月すれば、王家主催の大々的なパーティーがあるはずだ。まだ若い者ばかりで、ほとんどが婚約者もいない子どもたち。暗に、主役の婚約者探しといっているも同然だ。ちなみに主役はあのバカ王子である。
私はそこで目を付けられたのだと思っていたが、お父様の話を聞くに、最初から目星は付けていたのだろう。子どもであろうと、パーティーに行く以上パートナーが必要だ。ほとんどが兄や婚約者のいない幼馴染などを連れていた。例に漏れず、私も堂々とお兄様なんて呼びながら会場入りしていた訳だ。
つまりパーティーでバカ王子と接触せず、かつお兄様を名前で呼び親そうな雰囲気を終始出せば乗り切れるかもしれない。しかしこれにはお兄様の協力が必要不可欠。
(やっぱりまずは、お兄様の意思を確かめないといけないわね)
私はお父様の執務室からまっすぐお兄様の部屋へ向かおうとする。善は急げと遠い異国の地ではいうらしいと、どこかの本に載っていた。
さぁ行こう、今すぐ行こうと歩き出したところでふと思った。お兄様がシェラード家に来たのは私が十歳の頃。そして私とお兄様の仲が良くなったのは私がそろそろ十一歳になるかという頃。過去に戻ってから読んだ日記に書かれていたのは、私とお兄様がまだ親しくなる前の日付。
(もしかしたら私、完全にやらかしてしまったかもしれないわ……)
私が熱を出している間、お兄様は付きっきりで看病してくれていたそうだから、嫌われてはいないのだろう。けれどそれ程親しくもなく、まだシェラード家に来たばかりのお兄様に対して急に結婚して欲しいなんて言ってしまって、おかしい子だと思われていないだろうか。まず親しくなるところから始めなければいけなかった……。
(次からは、もう少し考えて行動しよう)
自室に戻り、少しばかり反省しながら日記を開く。やはりお兄様がシェラード家に来てからまだひと月も経っていない。日記を読む限り、お兄様との関係は会えば話す程度。けれどその割には、随分私の事を心配してくれていたような気もする。私が目を覚ました時に、私の手を握って泣きながら神への感謝を口にするくらいには。
前回は、私が熱を出した事はなかったから、私が熱を出して寝込んだ事で何か変わった……? いや、結婚して欲しいの下りで、お兄様から距離を取られてしまっては元も子もない。既に私が前回と全く違う行動に出ている時点で、この先何が起こるかの確証がない状態だ。出来る限り、前回をなぞる方が良いだろう。
けれど、何か特別お兄様と親しくなったきっかけがあったかと言われれば、覚えがない。お兄様にとっては、もしかしたらとてつもなく重要な事だったのかもしれないけれど、私には分からない。
……いや、確か初めてお兄様からお茶をしないかと誘われた事があったはずだ。その日は、剣術の稽古があった日だ。シェラード家は代々剣術の優れた家系だ。加えて母の家系は優れた魔術師が多い。母も、体さえ弱くなければ宮廷魔術師の筆頭になれたのではと言われていた程、魔術の腕はピカイチらしい。
(そんな父母から良いとこ取りのように生まれたのが、私なんだけど)
魔術は得意ではないが、珍しい全属性の適性持ち。光や闇といった特殊な属性は使えないが、代わりに基本属性の全てに適性がある。とはいえ魔術に関してはそこまで得意ではない。前回はやれと言われたからやっただけだ。本質的に見れば、剣術の方が得意で、自分で言うのもなんだが才能もある。私自身、魔術より剣術が好きだ。
(それをあのバカ王子、女性が剣術なんて野蛮だとか言って……!)
元よりシェラード家は剣術の優れた家系。そのシェラード家の長女である私が剣術が得意で何が悪い。お兄様だって、剣術の才能はあった。だから二人で稽古を受けていたのだ。いや、もしかしたら剣術の才能があったから引き取ったのだろうか?
(考えるだけ無駄ね。深掘りするつもりはないし)
そういえば、あの日の剣術の稽古では、初めてお兄様と練習試合をしたはず……あの稽古の後からお兄様が積極的に話しかけてくれるようになった気がする。お茶に誘われたのも、稽古の後だったような……。
(もっとしっかり覚えてれば良かった……! なんでこう大事な事を忘れているのよ! どうにか思い出して、私!!)
お兄様にとって稽古の一体何がきっかけになったんだろう……。練習試合だって、特別変わった事をした訳ではないし……。結局、ひと晩考えても何も思い出す事はなかった。
書きたいところが書けないって凄く嫌ですよね。