第37話 おかしなお茶会
「つ、疲れた…………」
フェリスは手抜きなく採寸と服選びをした。採寸は思いの外早く終わったが、服選びは地獄のようだった。私は軽く要望を出し、フェリスが店中のカタログを持って応接室にドッサリと置いた。
フェリスは私に合いそうな服をあれもこれもと勧める中、ルクスは別の服をこれが似合う、あれが似合いそうと勧めてくる。困ったことに、ルクスとフェリスが選んだ服は全てバラバラで、そこから二人の言い争いが始まった。
「セシリアにはこっちの青い服の方が良いに決まってる!」
「いいえ、お姉様にはこちらの淡い色の方が似合います!」
「そっちは派手過ぎる!」
「これは地味すぎます!」
私とシエルは二人に置き去りにされたまま、応接室で言い争いを眺めていた。二人とも私に合うと本気で思って選んでくれているからこそ止めづらい。結局、二人が絞りに絞った大量の候補の中からどちらも半々になるように選ぶことにした。
好きなものを選んでとは言われたが、二人とも私の要望に沿っていたし、どれも私好みのデザインだった。ただ、どちらかに一つでも偏って選べば再び争いが起きかねないと、私は二人が勧めた服の中から同じ数だけ選んで購入した。
仲が良いのか悪いのか分からない。付き合わせてしまったシエルには悪いことをした。
〜
二週間後、私はフェリスの家に来ていた。服を買った後、一体いつ用意したのか、招待の手紙を手渡された。事前に用意していたのかもしれない。今日はフェリスが選んでくれた淡い色のドレスを着ている。流石に今日ルクスが選んだドレスを選んで着てくればフェリスが拗ねてしまう。
フェリスの配慮によって、今日のお茶会の参加者は私とフェリス含め三人だ。本当はもう一人招待したようだが、お断りの手紙を受け取ったそうだ。それも仕方がない、招待したのはハワード公爵家だ。四大公爵家のひとつだが、フェリスは少しだけ交流があったらしい。けれど忙しいからと心苦しそうな手紙が送られてきたそう。
四大公爵家ともなれば、なかなか自由の効かない立場だ。それも仕方がないのだろう。けれどもう一人、今回のお茶会に招待されたのは、ポートレット侯爵令嬢。第二王子殿下の婚約者だ。一度話をしてみたかったから、フェリスには感謝しないと。
「あら、ごめんなさい。わたくしが最後ね、お待たせしてしまったかしら?」
「いいえ、セシリア様。わたくしもクライ嬢もそんなに待っておりませんわ」
「ええ。初めまして、シェラード公爵令嬢。クライ・ポートレットと申します。よろしければ、クライとお呼びくださいませ」
クライ嬢は立ち上がってとても綺麗なカーテシーをしてくれた。流石第二王子殿下の婚約者、婚約者のいない第一王子の代わりに王太子妃教育を受けていると聞いた。とても綺麗で、お手本のようなカーテシーだ。私もドレスの裾を掴んでカーテシーで挨拶する。礼には礼を、綺麗なカーテシーにはそれ相応の礼をするべきだ。
「初めまして、クライ嬢。セシリア・シェラードと申します。わたくしのことも、どうぞセシリアと呼んでくださいませ」
「ありがとうございます、セシリア様」
「それでは、セシリア様はこちらにどうぞ。今紅茶を用意させますわ」
穏やかそうなクライ嬢と軽い挨拶が終わると、フェリスが私を手で椅子に案内した。出された紅茶はアールグレイ。私はあまり紅茶には詳しくないから、こういうストレートで飲める紅茶が好みだ。フェリスが用意してくれたのかもしれない。
クライ嬢はとても穏やかな方で、世情に詳しく、知識も豊富だった。第二王子殿下の婚約者に選ばれるだけはある。王妃になるに相応しい人格と聡明さを持ち合わせている。
「セシリア様は、来年から学園へ?」
「えぇ。本当は来年こちらに来る予定だったのですが、婚約者が今年から学院に通うということで、お父様に一緒に王都に行くのはどうかと言われまして……」
「まぁ! あのお噂の婚約者様ですか!」
「う、噂……?」
ルクスについて何か噂になっているのか。そんな話は聞いたことがない。ルクスの功績についてなら噂になっていてもおかしくはないが、二年も続く噂ではない。私の婚約者としての噂なら尚のこと初耳だ。こういう噂はあまりシェラード領には届かないから、フェリスに教えてもらっているはず。
(知らないわよフェリス! ちょっと、目を逸らさないで!さてはわざと私に内緒にしてたわね!)
いやまぁ、怒る程ではないけれど、できればちゃんと教えてもらいたかった。多分フェリスが流した噂なのだろう。どうせいつか耳に入るのだから、先に言ってくれれば良かったのに。
「二年前のパーティーでセシリア様との仲の良さを見せつけ、第一王子殿下すらも押しのけてセシリア様の婚約者となられ、更にあの事件でグレートウルフを倒した功績者! セシリア様とお似合いの婚約者同士だと、王都の令嬢達の憧れなのです!」
「あら、そんな噂が……お似合いだなんて、嬉しいわね。ところでフェリス、私こんな話は聞いたことがないわよ? あなたが流した噂ではないのかしら?」
「私が流した噂です! 真実ですから怒られる筋合いはないはずですわ!」
「ずっと手紙でやり取りしていたのだから、話してくれても良いでしょう!」
令嬢モードなどすっかり忘れて、フェリスのお説教が始まってしまった。クライ嬢は最初こそ混乱していたものの、次第に笑いに変わっていき、最終的に私たちのコントのような会話に涙が出る程大笑いするという謎のお茶会になってしまった。
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