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第36話 バーナード商会、ファッションは苦手です


 馬車が王都に入ると、以前と同じ街並みが目に入ってきた。二年経っても大きな違いはなさそうだ。ルクスとシエルの制服は一度屋敷に行って荷物を置いてから行くことになっている。

 試験の合格通知が届いた数日後に制服は送られてきた。しかしながら二人ともサイズが少し合わない。直してもらうためフェリスに手紙を出し、バーナード商会に依頼という形で制服を直してもらったのだ。


 私はといえば、しばらく会っていなかったからフェリスに挨拶がてら会いに来て欲しいと頼まれていたので一緒に行くことにした。ついでにこれから着る用の夏物の服も一緒に頼むつもりだ。

 ただ、フェリスと最後に会ったのはあの二年前のパーティーだ。私も背が伸びたし、剣術の稽古で身体つきが少々変わっている。サイズを計り直さないといけないだろう。が、これがまた面倒だ。時間がかかるし、フェリスのことだからきっと手抜きなしでやるはずだ。余計に時間がかかりそうだ。


 ガタガタと揺れていた馬車がようやく王都の屋敷に到着した。この屋敷も二年ぶりだが、やはり特段変わった様子はない。使用人も変わっていない……と思う。ごめんなさい、覚えてないわ。

 屋敷から出迎える使用人達に荷物を預け、私達は再び馬車に乗り込む。向かうはバーナード商会。フェリスには今日三人で行くことを伝えてある。ルクスとシエルの制服はもうできているはずだからそこまで時間はかからないと思うが、問題は私だ。採寸って凄く時間がかかるのよ?


 多分フェリスが全く手抜きをしないから時間がかかるのだろうけど、偶には手抜きも必要なのに。全部を全力でやっていれば人は疲れてしまう。続けるのなら続けられるくらいの力でやるべきだ。まぁ、今まで続いていたなら多分大丈夫でしょう。

 それより私はルクスの制服姿が気になる! 何といっても学院の制服は令嬢達からの人気が高い。学園はどちらかといえば女性が映える制服になっているけれど、学院は男女共用。性別関係なく同じ制服になっている。

 実用性を考えたシンプルで動きやすいデザインがそれぞれの特徴を引き立てるそうだ。ルクスは顔も良いし背も高い。きっと制服姿はとびきり似合うはず! どうせ時間がかかるのだから、先に制服姿を見せてもらってから採寸してもらいたい。フェリスに頼んでみよう。そういえば、シエルはフェリスと会ったことはなかったはず。


「シエル、フェリスと会ったことはないわよね? フェリスのことは知っているの?」

「バーナード商会を運営するバーナード伯爵家のご令嬢で、現在王都の本店の営業の一部を任されているとは聞いたことがあります」

「一応僕からも少し話したけど、僕もフェリス嬢と会ったのはパーティーの時くらいだから、セシリアの方がよく知ってるはずだよ」

「そうね。なら、まずはシエルの紹介をしないとね。シエルにもフェリスを紹介しておくわ」


 シエルはフェリスとの関係についてあまり重要に思ってはいないようだが、フェリスと関わりがあるというだけで下手な噂は流せなくなる。シエルは多分、しばらくすればエクスの元へ行くことになるだろう。そうなればシエルはシェラード家の使用人ではなくスタンリー辺境伯家の長男になる。フェリスと知り合いになっておいて損はない。

 本当はシエルも学園に行って貴族について学んだ方が良いのだが、貴族の多い学園でシェラード家の使用人という立場はどうしても平民と同等に見られがちだ。私かルクスがいれば良いが、ルクスが学院に行く以上、シエルが学園に通えば丸一年間手出しできなくなる。今後エクスと良好な関係を築くためにも、シエルの身に何かあっては困る。

 幸い学院は実力主義。貴族と平民が半々の割合なおかげで、血統主義の考えに取り憑かれたような生徒はほぼいない。平民であろうと学園よりは苦労しないはずだ。ルクスと一緒なら尚のこと心配いらない。

 

 馬車が止まり、バーナード商会に到着した。馬車を降りてみれば、二年前のバーナード紹介より更に大きくなっている気がした。外からでも分かる賑わい様に繁盛していることも分かる。私が言うことでもないのかもしれないけど、フェリスの商才が恐ろしい。

 店内に入った瞬間、待ってましたとばかりに奥へ案内される。私とルクスの顔は覚えさせているのだろうか。そこまでしなくても良いのに。


 案内されたのは二年前と同じ応接室。そこには既にフェリスが待っていて、私達の顔を見た瞬間飛びかかりそうな勢いでこちらに向かってきた。いや、これは多分突進してきている。私はスッとフェリスを避けると、フェリスは壁にぶつかるギリギリのところで止ま……れなかった。

 シエルが驚いてか凄い顔でフェリスを見ていた。流石にフェリスに突進されれば私も怪我をしかねないので悪いとは思ったけれど避けさせてもらった。それよりシエルの紹介をしないと。


「久しぶりね、フェリス。元気にしていたようで何より。でも流石に私はあなたを受け止められないから、突進はしないでもらいたいわ。それと、会うのは初めてよね? こちらはシエル、シェラード家の使用人で今年ルクスと一緒に学院に通う子よ。シエル、こちらの突進してきた子がフェリスよ……無理はしなくて良いけど、仲良くしてもらえると嬉しいわ」

「セシリア様、よくこの状況でスラスラと話せますね? その……ぶつかってますけど、大丈夫なんでしょうか?」

「シエル、彼女はこういう人だ。気にしない方が良い」


 そう、ルクスの言うとおりフェリスは元からこういう性格だ。あまり気にしない方が良い。一々気にしていてはキリがなくなってしまう。

 ようやく立ち上がったフェリスにそのままの流れで私は二人の制服を頼む。もうできていると二人に渡された制服はおそらくしっかりと直されているはずだ。二人とも一度試着すると隣の部屋に入って行った。


「改めまして、お久しぶりです。セシリアお姉様」

「久しぶり。今回は二人の制服のこと、ありがとう」

「いえいえ、お姉様の頼みですから!」


 相変わらずのお姉様呼び。まぁ、慕ってくれているのだから良いだろう。それより、今回はこれからの話をしにきたのだ。王都のお茶会や派閥、令嬢達の関係……どれも私は分からない。交流をするにしても誰と? どの家の令嬢と? そういったことはフェリスの得意分野、分からないのだから聞くしかない。

 それと、シエルのことだ。学院では大丈夫かもしれないが、それを見た学院外の貴族達はどう思うだろうか。使用人の分際で学院に通わせてもらうなんて、という反応があってもおかしくない。シエルの立場は今後のためにもできる限り守らないと。私ができるのはエクスの元へ引き渡すまで、できるだけ貴族のことを教え、守ることだ。そのくらいしかできない。


「フェリス、シエルとは仲良くできそうかしら?」

「まだ会ったばかりですよ、お姉様。でも……あの方なら多分大丈夫かと思います。着替えが終わったら、改めて自己紹介をしないといけませんね」

「今後は軽率に突進してこないようにしてちょうだいね」


 そうこうしているうちに、ルクスとシエルは制服姿で戻ってきた。王宮の騎士達のように一目見て分かるものではないけれど、やはりシンプルなデザインがルクスに良く合う。黒いジャケットはルクスの髪と対照的で良く引き立てている。


「良く似合ってるわ! やっぱりその制服、ルクスにピッタリね! シエルも、良く似合っているわ」

「ありがとうセシリア。フェリス嬢も、ピッタリなサイズだ。流石バーナード商会だね」

「僕はおまけか何かですか……」


 当然、おまけである。私が見たかったのはルクスの制服姿であって、シエルの制服姿ではない。もちろんシエルも似合っているが、私の興味はルクスだけ!


「シエル様、先程は失礼いたしました。わたくし、フェリス・バーナードと申します。以後お見知りおきを。サイズの方はどうでしょうか?」

「あっ、初めまして、シエルと言います。よろしくお願いします。サイズは……丁度いいです」

「それは良かった!」

「流石、フェリスの仕事は完璧ね」


 サイズの確認が終わったところで、二人は着替えのためまた隣の部屋に入って行った。私は出された紅茶を飲みながらフェリスと最初のお茶会について話をした。二週間後、フェリスと仲の良い数名だけを招いたお茶会があるそう。まずはそのお茶会で慣れてみてはと言われた。

 確かにお茶会なんてしばらくしていない。貴族令嬢のお茶会はただ楽しいだけじゃない。言葉は全て情報だ。少しでも自分の欲しい情報を聞き出すための駆け引きが行われる。


 まずは慣れるためにもできるだけ穏和なお茶会に行く方が無難だ。何よりフェリス主催ならきっと人選も問題ない。交友関係を広げるためにも良いかもしれない。

 まずはじめに行くお茶会が二週間後に決まった。話が終わったタイミングで丁度良く二人が戻ってきた。制服もしっかり持っている。


「それではお姉様、一緒にあちらの部屋で採寸しましょうか!」


 忘れていた。フェリスが手を抜いてくれるわけもなく、そのまま長い時間採寸と服選びに拘束されることになった。ファッションって難しい!

 

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