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第32話 お母様のクッキー


「胃が痛い……」

「お父様、頭の次は胃ですか? 一度医者を呼びましょうか?」

「誰のせいだと思っている!」

「私です!」


 大きなため息をついてお父様がまた頭を抱えた。私の願いは無事聞き入れられ、王妃様の後押しもあり今すぐにでも婚約してしまいなさいとトントン拍子に婚約が結ばれた。これで晴れて私とルクスは婚約者である。

 多少力技ではあったものの、国王陛下だけでなく王妃様も立会人になってくださったから、余程のことがない限りこの婚約は無くならない。第一王子はかなり不満そうな顔をしていたが、恨むなら何でも言えと言った国王陛下を恨んでくれ。


「セシリア、ありがとう」

「急にどうしたの?」

「セシリアがいなかったら、多分僕は今も自分に自信が持てないままだった。婚約の話だって、セシリアが進めてくれたおかげでできたことだ。ありがとう」

「まぁ、でもルクスはこれからの方が大変よ? ねぇ、お父様」

「分かった……分かったから今は……」


 お疲れな様子のお父様。私のせいだとは分かっているけど、お父様だって国王陛下に噛み付いていたのに。それもかなりガッツリと。国王陛下の悩みの種は私だけじゃない。何が厄介かといえばお父様であって、私ではない。

 シェラード家を敵に回すようなことは国王陛下だってしない……はずだ。それより、王宮からの帰り際に一瞬だけ見えたあの人……あれは第二王子だ。多分気付いていたのは私だけ。私が気付いたことも分かったのか、こちらを見て微笑んでいた。


「お父様、第一王子殿下のことですが……」

「何か思うことでもあるのか?」

「なんとなく……あれはダメです。王の器ではありません。それよりさっき、第二王子殿下が帰り際に私達を見ていましたよ。多分、第二王子殿下の方が良いと思います」

「シェラード家は今は中立だ。だが、お前がそう言うなら、第二王子派とも少し交流しておいた方が良いかもしれないな」


 第二王子派との交流。それは私の役目になる。あまり領地から出たくはないが、今回ばかりは仕方がない。フェリスにも頼んでおこう。お父様は今は中立と言ったが、それは場合によっては第二王子につくということでもある。

 

「お父様、セシリア、前から思っていたんですが、何故セシリアの……人に関することは注意したりしないんですか?」


 ポッと出てきたルクスの疑問。確かに、こういう話に関してはお父様も無条件に信用してくれている。有難いとは思うし、実際本当のことでもあるから良いけれど、なんの疑いもなく、理由も聞かずに信じてくれるのは何故だろうか。


「セシリアには人を見る目がある。セシリアは最初、お前に剣の才があると言って、実際お前は今どんどん剣術が上手くなっている。今回グレートウルフを倒したようにな」

「あれはセシリアの指示に従ったからです」

「指示通りに動けるかはその人の技量次第だ」


 お父様、もしかして随分前から気付いていたのだろうか。確かに私は少し見ただけでどんな人物かなんとなく分かる。その人の才能に合ったことは、その人が実際にやっているところを見れば分かる。それを、人を見る目があるという。

 どこかストンと落ち着いた気がした。


「自分の才能はさっぱり分かりませんけど」

「それは今でなくても良い。それより、もうすぐ屋敷に着く。明日には領地に帰るから、準備をしておけ」

「分かりました」


 馬車が屋敷に到着し、私達は屋敷に入る。家に着いた私達をお母様が出迎えてくれた。かなり調子が良さそうで、私たちのためにクッキーを作ってくれていた。使用人と一緒とは言っていたが、それでも嬉しいものは嬉しい。

 早速四人で食べようとテーブルにクッキーと紅茶を準備してもらう。形は少し歪だが、それはそれで手作り感があって良い。特にジャムが真ん中に入っているクッキーが美味しくて、三人で軽い奪い合いをしてしまった。


「そうだ、お母様。今日ルクスと無事に婚約できたんです!」

「まぁ、おめでたいわ! 明日は領地に帰るんですものね。帰ったらお祝いしましょう!」

「あ、あの……僕、レモンケーキが食べたいです」

「良いわ! お母様、私も一緒に作りたいです!」


 一気に賑わう会話に、ホッとする。お母様が反対しないでくれたことも嬉しいけど、自分のことのように喜んでくれている。前回もこんなふうに、お母様と関わる機会をちゃんと作っておけば良かったのかもしれない。

 クッキーはあっという間になくなり、私とルクスは王宮でのお父様の様子を話してはお母様が笑っていた。お父様は恥ずかしそうに言い訳をしていた。なんだか子供の頃に戻ったみたいだ。子供だけど。


 次の日、私達は領地へ帰るため荷物をまとめて二台の馬車に乗り込んだ。

 

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