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第27話 魔物の襲撃


 叫び声と逃げ回る人々、何故か来ない騎士、次々に増える魔物。阿鼻叫喚の会場内が混乱状態で誰一人正常な判断ができていない。

 周囲を見渡しても護衛で配備されていたはずの騎士がいない。これだけ騒ぎになっているのに誰も駆けつけないなんておかしい。明らかに異常事態だ。ふと側にあった騎士の鎧に目を向ける。

 

(鎧は着れない、けれどもしこれが本物なら……)


 ルクスが私の名前を呼ぶけれど、今はそれどころではない。ごめんなさいと心の中で謝りながら像が持っている剣を抜く。真剣……本物だ、これなら切れる。


「ルクス! 私は魔術で援護します。ルクスはこれで魔物を!」

「……! 分かった!」


 渡した剣を持ったルクスが階段を駆け下りる。私もルクスに着いて行くように後を追いかける。けれど私はドレスで動きづらく、どんどんルクスと距離が離れていく。ルクスはあの剣を持っているのにあんなに素早く走れるなんて。

 私は剣を振れない。騎士像の剣は通常の騎士達が使うものと同じものだろう。私には重くて数回しか振ることができない剣だ。けれどルクスはあの剣も振ることができる。鍛えてもなかなか剣が振れない私と、はじめから剣を振ることができたルクス。男女の差と言ってしまえば簡単だが、きっと才能と努力にも差がある。


 場内にいるのは狼型の魔物がほとんど。シルバーウルフやブラックウルフもいる。一般的にCランクとされている魔物だ。強いけれど倒せない相手じゃない、冒険者でもCランクはそこそこいる。問題はその魔物達をまとめるリーダー格。おそらくグレートウルフ。

 そもそもの大きさが違う上に、魔術も使う。多くの魔物を従えていることが多い、Aランクの魔物だ。シルバーウルフとブラックウルフは単体での戦闘力はそう高くない。ルクスや私も倒せるだろう。

 けれど、群れで行動するにはそれだけ意味がある。連携を取られれば勝ち目はない。それに、グレートウルフは騎士が十人以上束になって討伐するような魔物だ。私達じゃ勝てない。騎士達が騒ぎを聞きつけて来るまで足止めをするしかない。その間に誰かに避難誘導をしてもらわないと。


 ルクスが斬りつけた魔物が倒れていく。私はルクスの後ろから襲おうとしている魔物に対し炎属性の魔術で対抗する。炎属性は苦手だけど、その分攻撃力が高い。時折水属性を使って炎を消す。室内で燃え続ける炎があるのは危険だ。

 私も剣が使えたらと思うけど、今できないことを考えている暇はない。倒しても倒しても湧いてくる魔物達。どこから湧いて出ているのだろうか。そういえば、笛の音のような音を聞いた気が……


 そこまで考えて、再び場内に悲鳴が響いた。声の先を見てみれば、フェリスがシルバーウルフに襲われそうになっていた。咄嗟にルクスから離れフェリスとシルバーウルフの間に入る。大きく口を開けたシルバーウルフに私は水属性の魔術で腕を覆い、シルバーウルフの攻撃を防いだ。

 ポタポタと赤い雫が落ちる。流石に水だけでは防ぎきれずに私の腕にシルバーウルフの牙が食い込んでいた。食いちぎられていないだけマシだ。腕を覆っていた水をシルバーウルフの顔を覆うように移す。


 口を離したシルバーウルフに私は腕を引き抜く。幸い深くはなさそうだ。血もそこまで出ていない。応急処置をして、騒ぎが終わった後にしっかり手当をすれば跡も残らないだろう。


「せ、せし……りあ、さま…………」

「大丈夫ですか、フェリス。怪我はなさそうですが、立てますか? 会場の避難誘導と事態の説明をお願いします」

「わ、分かりました! すぐに騎士達を呼んで参ります!」


 フェリスはそういうとさっきとは全く違う様子で避難誘導を開始する。響くように張る大きな声に、会場内の流れが変わる。私と避難路を切り開くため、会場の門までの魔物を倒しながらルクスと合流する。

 止血をしたいけど、布がない。ドレスを割いて布代わりになんて物語ではよく見かけるかもしれないけど、現実はそう簡単に布を割けないもの。まして今私は片腕が使えない状態なのだから、ドレスを割くなんてできない。


「セシリア!? どうしたんだその腕!」

「後で説明するわ。それより今は魔物を倒さないと!」


 私の言葉に悔しげに歯を食いしばり、ルクスは再び魔物を斬っていく。けれどなかなか数が減らない。元々の数も多い上に、どこかから湧いているとしか思えない。何故か倒したはずなのに増えているのだ。一度一掃した方がいいかもしれない。

 まだ十歳の令嬢が使うような魔術ではないから、あまり使いたくなかったけれど、緊急事態なら仕方ない。騒ぎに乗じて誤魔化されてくれ!


『我水を遣う者 汝水の精に乞い願う 今この時水槍の雨を地に落とせ 水の槍!』


 空に無数の方陣が煌めき、それぞれが槍の形となった水を降らせる。槍に刺さった魔物達が次々と倒れていく。かなり数が減った。かなり魔物の数が減り、残り後少しというところで、地面が震えるような大きな遠吠えが響く。今までほとんど動いていなかったグレートウルフが動いた。

 手下を倒されて怒っているのかもしれない。不法侵入ですお帰りくださいなんて言えない。それに、私ももう魔力があまり残っていない。十歳の体にはほとんど使える魔力がない。次は水の槍のような中級魔術は使えない。


 会場内にほとんど人はおらず、避難はほぼ完了している。にも関わらず騎士が来ない。常に常駐しているはずの近衛騎士達はどうしたのだ。第一王子がいる以上、近衛騎士もいたはずなのに。

 グレートウルフ相手に初級魔術では足止めにもならない。かといって中級魔術は魔力が足りない。魔術による足止めは絶望的だ。それでも、ルクスは諦めていなかった。魔物を睨むその顔には怒りの表情が浮かんでいた。


 このままでは無謀に突っ込むことになりかねない。私達も逃げるべきだ、そんなことは分かっている。それでも、今のルクスを止められる言葉を私は持っていない。何より、私だって混乱もあるけど怒っている。

 よくもフェリスを狙ってくれたものだ。私の腕の傷が残るようだったらどうしてくれる。魔物からの傷は世間の貴族達にも印象が悪いというのに!


 上手くグレートウルフの攻撃を躱しながら走って向かっていくルクス。私はどうにか何か援護できるものはないかと周囲を再び見渡す。本来王族のみが通れる通路の横に、女性物の鎧が像に飾ってある。前回、この場所で見たことがある。あれなら私も使えるかもしれない。

 鎧の像まで行けば、そこにあったのは細身の剣。レイピアだ。これなら片手でも使える。レイピアを手に取りルクスの元へと走る。グレートウルフの足にルクスがつけたであろう切り傷が複数あった。けれどそれだけでは倒すことができない。


 私はよく思い出す。グレートウルフの弱点は、首以外に……腹にある魔石だ。グレートウルフの下に潜り込むことができれば、魔石を剣で差して倒すことができる。


「ルクス! 腹にある魔石を砕いて!」


 私はルクスが潜り込めるようグレートウルフの周囲を走る。ドレスだと走りづらいことこの上ない。本来のスピードもジャンプ力も出せず、ギリギリで攻撃を交わす中、ルクスはグレートウルフの下に潜り込んでいた。

 勝負は一回。これを逃せばグレートウルフは警戒して潜り込ませてはくれない。そうなると、最早倒すには首を落とすしかなくなる。けれど私たちにそんな力はない。大体まだ十と十一の子供がなんでこんな魔物と戦っているんだ、騎士はどうした!?


 フェリスに任せたから大丈夫かと思っていたが、騎士はなかなか来ない。それでも、私達が生き残るには戦うしかない。ルクスが狙いを定めたところで、足止めにレイピアを前足に突き刺す。地面にまで刺さった剣はなかなか抜けない。

 ルクスはその隙に剣を思い切りグレートウルフの腹に刺した。大音量での悲鳴のような鳴き声と共にグレートウルフは倒れた。

 なんとか、勝つことができたようだ。

 騎士達が会場に到着したのは、既に私とルクスで魔物を倒し終わり、のんびり私の腕の応急処置をしている時だった。

 

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