第25話 愚か者の王子
第一王子に手を引かれ、再び会場中央へ向かう。わざわざ目立ってような場所に誘導されたが、関係ない。何があっても婚約なんてできないよう恥をかかせてやる。
二曲目の音楽が流れはじめる。ゆったりとした曲調で、やはり簡単なダンスだ。周りは嬉々として私達を見ているが、それは王子の出方を伺っているだけ。私とルクスの関係は既に知れ渡っているが、それは王子が会場入りする前のこと。
王子が私に何を言うのか、例え私が断ると分かっていても婚約を仄めかすような話をするのか。皆それが気になっている。演奏される音楽で他の声はあまり聞こえないから、聞き耳を立てることはできないけれど、気にはなるのだろう。チラチラとダンスをしながらでもこちらを見る令嬢がいる。
他の令嬢達は知らないけれど、私は一度経験したから分かる。こいつは絶対に踊りながら話しかけてくる。婚約を仄めかし、私との仲を深め、シェラード家の威光によって王太子の座を得ようとする。でも今回は私もシェラード家もあなたの味方になるつもりはない。
王子が踏み出したステップはあまりにも自分本位で、これではリードではなく強引な一人遊び。無理に引っ張られ、腰に回された手がぎゅっと距離を縮める。歩幅も合わせてくれない上に気を抜くと先に進んでいってしまう。
つまり下手。これじゃあダンスが苦手な令嬢が転んでしまう。ついていくこっちの身にもなりなさいよ。ダンスってお互いの動きに合わせないと踊れないのに。
でも私、男性側のダンスパートも踊れるの。ダンスのリードだってできる。今は女性パートだけど、バカ王子の乱暴なダンスには付き合っていられない。私がリードしてやる。
第一王子が踏み出す前に私が踏み出す。動きたそうな方向に私が動く。バカ王子が前に踏み出す回数を増やし、私は後ろ向きに進む。少しずつ体の向きを変えて方向を調整。
「凄いです、シェラード公爵令嬢とのダンスは本当に踊りやすい」
「ありがとうございます」
「シェラード公爵令嬢、また後日ぜひお会いしたいのですが、どうでしょうか?」
「まぁ、とても有難いお話ですわね。ですが申し訳ございません、わたしくとルクスはこのパーティーが終わり次第すぐにシェラード領に帰らねばならないのです」
やんわりとしたお断りの言葉。けれどそれで引き下がるような人でないことも知っている。少しずつ移動する方向は楽器の演奏から最も遠い場所。これならほんの少し周りの声が聞こえる。
『シェラード公爵令嬢のダンスは素晴らしいわ!』
『殿下をリードできる程お上手だなんて素敵ね』
『最初のご令嬢と違って殿下も踊りやすそうにしていらっしゃるわ』
私は笑ったまま、殿下の表情を見る。ほんのり赤くなった顔が少しずつ仮面を剥がしていく。しっかり笑顔を保っていないと、化けの皮が剥がれてしまいますよ。
「では、せめて私のことは名前で呼んでくださいませんか?」
「とても有難いお話ではありますが、殿下の名前を呼ぶことは恐れ多いこと。それに、婚約者でもないのに名前で呼び合うといらぬ噂を呼びます。そういったことは殿下に相応しい方に言ってくださいませ」
少しずつ化けの皮が剥がれていく。既に顔に貼り付けていた笑みは消え去った。でもここで終わりじゃない。さっきのご令嬢達の会話が私達に聞こえていたのだから、逆も然り。私達のこの会話も、他の方々に聞こえているとは思わなかったのかしら。
王子という立場は否が応にも注目される。ましてシェラード公爵家のご令嬢と一緒ならその言動、所作の一つまで見られる。当然私達の会話を聞きたい人は多いでしょう。聞き耳を立てている方がどれだけいると思っているのかしら。
『まぁ、殿下はセシリア様の婚約者をご存知ないのかしら』
少し大きめの声で聞こえてきたその言葉に、他の令嬢達も同意する。フェリスだ。頼んでおいて正解だった。わざわざ私達に聞こえるギリギリの声量で話す。不自然に大きな声ではないが、内緒話には大きすぎる声。私に聞こえたのだから、あなたにも聞こえていたでしょう、殿下。
『殿下が会場に入られる前のことですもの、シェラード公爵令嬢の婚約者について知らずとも無理はありませんわ』
『とてもお似合いの二人でしたもの、知っていればあんなこと言うはずありませんわ!』
『ダンスも息ピッタリで……それに、シェラード公爵令嬢がお相手に向けるあの顔! 本当に想い合っていないとできない顔ですわ』
『わたくしもあんなお相手と婚約したいですわ。憧れます!』
ギリッと王子が歯を食いしばる。私にしか分からなくてもダンスの時にすることではないでしょうに。やはりこの王子は元々の根が腐っているのだ。
ダンスも終盤、どうにか私からリードを取り戻そうと奔走しているのは分かるが、私の方が一枚上手。何より前回、どれだけこのバカ王子のダンスに悩まされたと思っているのか。あなたの動きなんて分かりきっているの。
結局、第一王子は最後まで私からリードを取り戻すことができなかった。不機嫌そうな顔の王子に私にできる完璧なカーテシーを披露してダンスは終わった。最後に一言だけ置き土産をして行った。
『人の恋路を邪魔するのは王子のすることではありませんよ』
王子の耳元で囁いたその声に、顔を真っ赤にして私を睨みつける王子。対して勝ち誇った顔の私。きっとこのバカ王子も今気付いたのだろう。人好きする笑みや仮面を被っていたのはあなただけじゃない。最初からこのつもりだったのだ。
何も言い返せず、多くの貴族令嬢令息が集まるこの場でどうにかできる訳でもない。悔しそうな顔で離れていくバカ王子に心の中でガッツポーズをする。そうして私はすぐ近くまで来てくれていたルクスの元へ歩いて行った。




