第23話 パーティー
いよいよパーティー当日。交流をするつもりはない。できる事ならさっさと行ってさっさと帰りたいが、それじゃあ物足りない。どうせあのバカ王子のことだ、私とルクスの対となる服や、どれだけ仲が良いか見せつけても、自分の方が優れているからと自信満々に声をかけてくるはずだ。
ファーストダンスは絶対に譲れないが、一度くらいならあのバカ王子とも踊ってやっても良い。その時に何か言ってくれば、こっ酷く振ってやる。お前なんか王子という肩書き以外最低の人間だと言ってやりたいがそこまでは言わない。
今日はいよいよ勝負の日ということで、私も気合を入れて支度をする。化粧もいつもより少しだけ華やかに、でも派手過ぎず大人な雰囲気で。前回の私は最後までパーティーにいなかった。居心地が悪くてさっさと帰りたかったから、ルクスと一緒に早々に帰ったのだ。その時はバカ王子に声をかけられる事はなかった。
けれど今日は多少の長居ができる。私はもう覚悟を決めているのだ。今日のためにフェリスに頼んだり、ルクスとの交流だって増やしてきた。もうお兄様とは呼ばない。今日を乗り越えて、私達は絶対に婚約するんだ!
やる気に満ち溢れたまま私は部屋を出る。フェリスに用意してもらったドレスに身を包み、ルクスと選んだアクセサリーを着けている。青いドレスに銀の刺繍がよく映える。髪は結ばすおろしたまま、右側に髪飾りを着けている。使用人が選んでくれた髪飾りは銀の鳥の模様が入っていた。
屋敷の二階から降りる階段からは、扉の前に立つルクスが見えた。落ち着いた青を基調としたジャケットの襟元にほんのりと薄い緑が入っている。近くで見ないと分からない銀の刺繍は、私だけが見られる特権だ。
「お手をどうぞ、セシリア」
「エスコート、よろしくお願いしますね。ルクス」
差し出された手を取り、私達は馬車に乗り込んだ。王都にある最も大きな王宮へと向かう。今回のパーティーは王宮にある少し小さめの会場で行われる。十代の令嬢令息ばかりが来るからだろう。あまり大きな会場では広すぎる。
そのため、正門から入って王宮へ向かうのではなく、離宮のある方へと向かう。今は使われていないが、先代の側妃が使っていたそうだ。王宮の雰囲気に慣れないとかで、離宮に引きこもりがちだったと聞いている。私も行った事はない。
「ルクス、今日のファーストダンスは必ず一緒に踊りますが、もしその後に王子に誘われたら、私はダンスを踊ります。断れませんから」
「……大丈夫。僕はセシリアを信じてるからね。どうせ王子をギャフンと言わせるつもりなんだろう? どうせやるなら、正々堂々派手にやってくれば良い。それがシェラード家の態度なんだろう?」
「もちろん! いつ何時も堂々と、前を向いて視線を合わせ、言いたい事はしっかり伝え、シェラード家が揺るぎないものという証を示す。今日は楽しみましょう!!」
王宮に着くと、他にもたくさんの馬車が停まっていた。どうやら会場までは歩きらしい。既に多くの貴族たちが会場に入っている事だろう。フェリスも既にパーティー会場に着いているはずだ。シェラードという名は否が応でも視線を集め、注目の的となる。利用できるものは利用する。
馬車から降りたルクスが手を差し出す。私もルクスも緊張はしていない。これから始まるのは、子供同士の交流の裏に渦巻く政治の権力争い。けれど私達に勝てる程の賢さや言い回しができる令嬢令息はまだここにはいないだろう。どうせやるなら、思いっきり暴れてやる!
会場前には王宮勤めの騎士が護衛として立っていた。私は招待状を取り出して騎士に渡す。
「セシリア・シェラードです」
「シェラード家のご令嬢ですね。お待ちしておりました、どうぞ中へ」
招待状を確認した騎士達が笑みを浮かべて会場の門を開く。一々こんなことをと思うかもしれないがそういうものだ。煌びやかな会場内に門が開く音が響く。
「行きましょう、ルクス。笑顔を忘れずにね」
「もちろん、しっかりエスコートさせてもらいます」
集まる視線を気に止めず、背筋を伸ばし前を向き、笑みを浮かべて堂々と入場するその様は、やはり多くの目を引いた。まだ十歳とは思えぬ仕草と言動に、一気に会場の視線が集まり注目の的となる。
当然それ以外にも目を引く要素はある。フェリスに流してもらった噂だ。相手の分からない私の婚約者。会場に入った瞬間、私だけでなくルクスにも視線が集まった。揃いの正装は暗に私たちの関係性を示すもの。
私達が入ってから、コソコソと話し声が聞こえてくる。あれがとかシェラード家の令嬢のとか、婚約の話とか、さまざまな声が耳に入る。そんな中、私達に向かって歩いてくる令嬢がいた。フェリスだ。
当然打ち合わせ通り。フェリスには最初に私達に接触してもらうことにしていたのだ。それもこれも、このパーティー以降私とルクスの婚約を円滑に進めるための噂を流してもらうため。公然の認識となるようわざと公衆の面前でその話をするため。
「ご機嫌よう、シェラード公爵令嬢。わたくしはフェリス・バーナードと申します」
「ご機嫌よう、バーナード伯爵令嬢。先日はドレスの注文、ありがとうございました」
「どうぞフェリスとお呼びくださいませ。こちらこそ、我が商会をご利用いただきありがとうございます。ところで……もしやそちらの方はお噂の?」
来た! 流石にフェリス、話の流れをスムーズにルクスへと持っていった。気になるのは当然他の令嬢達もだ。さっきより静かになった会場は皆が私達の話を聞こうと必死に聞き耳を立てている。
「ではフェリス嬢と。わたくしの事もどうぞセシリアと名前で呼んでくださいませ。それで……一体何の噂が流れていたと言うのでしょう」
「もちろん、セシリア様の婚約者のお話しですわ。とても素敵なドレスですもの、特注なさったのでしょう? 揃いの正装の意味を知らぬ者はおりませんわ」
おいおい、わざわざ特注にしたのはお前だフェリス。私が頼んだのは既製品なのに! 結果的には良かったけれどまさかこのためにわざわざ特注品を用意したの!? あまりない色味だからせっかくだし特注で用意しておこうとかそんな感じでもなくこのため!? わざとじゃない!!
「ふふ、そうね。まだ正式なものではないのだけれど、そうなる予定よ。紹介致します、こちらはルクスです」
「初めまして、バーナード伯爵令嬢。ルクスと申します。この度はセシリアのドレスを作って頂いて、ありがとうございます」
「まぁまぁ! 気に入って頂けたようで何よりですわ! 今後ともバーナード商会をどうぞご贔屓に。それでは、他の方々も気になっているご様子ですので、わたくしはここで」
「またお話しさせてくださいませ、フェリス嬢」
ルクス、さらっと自分が注文したかのように言ったわね。けど今回に関しては正解だ。この会話に聞き耳を立てている人が何人いるだろうか。きっと少なくないはずだ。会話の内容では断言していないが、察する者は多い。きっと私達を婚約として見る人がほとんどだろう。
それで良い。シェラード家には既に王家との繋がりがあるが、他の家は違う。せいぜい現王妃様のご実家くらいのはずだ。となれば、ここにいる令嬢のほとんどが王子の婚約者の座を狙っている。
まだその辺りが理解できていない令嬢には、きっと彼女達の親がこう言ったはずだ。『王子と仲良くなってきなさい』と。言葉通り受け取る令嬢はどのくらいいるか。つまるところ、王子と親しくなって婚約者の座に潜り込めという事なのだ。
もちろん理解している令嬢もいる。そんな彼女達にとって、最も有力な候補として名の上がっている私が候補から外れる事は好ましいことだ。これ以上ないチャンスでもある。何とも有難い話なのだ。
「ルクス、少し端に寄りましょう。囲まれてしまうわ。ファーストダンスまで柱の影に隠れましょう」
「そうだね、目立って王子に見つかっても不味いだろうし、あそこの影にある椅子に座ろう」
フェリスのおかげで他の貴族達へ婚約を認識させることはできた。これ以上他の令嬢と話をすればあっという間に囲まれて身動きが取れなくなる。ならばファーストダンスの時間まで隠れて壁の花を決め込むのが一番だ。何よりバカ王子に見つかりたくない!
バカ王子と会うのはまだもう少し先で良い! せめてファーストダンスが終わるまで待ってくれ!! 次のダンスもルクスと踊ろうとしたところに割り込むバカっぷりを晒してやる。恨みっていうのは一回死んでもなかなか消えないのよ!
柱の影にある椅子に座りながらルクスと二人で話していれば、会場がザワザワと騒がしくなる。チラリと覗いて見ると、会場内の人々の視線が一点に集まっている。こんなに視線を集めるのは一人だけだろう。
そこにいたのは今日の主役、トリスタン・ハールグレイ。この国の第一王子であり王位継承権第二位。前回ルクスに冤罪を着せ、私に婚約破棄を告げた男。もう二度とあんな奴の言いなりになったりしない。ここからが本当のパーティーである。
書き溜めがなくなってキツいです。でもここからが書きたかったところ……!




