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第16話 【別視点】父親とは


 娘のセシリアは、幼い頃から子供らしからぬ言動をする事があった。まだ五つの時、私の書斎の本を漁って読んでいたのを見て、その奇才を確信した。それと同時に、妻は娘との接し方が分からなくなってしまった。

 

 血筋は関係ない。王家の血を引いていても、その奇才には結びつかない。だが、私と妻にも多少の才があった。私は剣、妻は魔術。天才と言われるに値する才能だったが、セシリアのそれは私たちを軽く凌駕した。

 物心ついた時には簡単な魔術を使い、初めての剣術指南の際に新人騎士をひとり、打ち負かしてしまった。仮にも公爵家の騎士、例え新人だとしても実力は相当なものだ。聞けば、見て覚えたのだそう。特段才能があったのは、人の才を見出す能力だ。

 

 没落寸前の商家の娘の才を見出し、正しく使う事で今や王都でも名の知れた商人としなった。しかし、まるでそれと反比例するように、セシリアは人の顔と名前を覚えなかった。覚えられないのではない、自らの意思で覚えないのだ。ガラス玉のように透き通った瞳が、薄情にも映ってしまった。

 きっと、私たち親の名前も、義務的に覚えているのだろう。使用人の名前も全て覚えている、それは確認した事がある。けれどいつになっても名前を呼ぼうとしない。誰か個人に固執しない。全ての人を平等に見過ぎて、未だに自分の世話をするメイドの名前を呼んだことがない。妻はセシリアとの接し方が分からなくなり、部屋に引きこもりがちになってしまった。

 

 最近になって、ますますセシリアは成長してしまっている。新しい知識を追い求め、剣術と魔術の研鑽によって、既に大人と遜色ない程にまでなってしまった。まだ十歳の少女のはずなのに。幼く可愛らしい娘との時間はほとんどない。成長し、令嬢としての……シェラード家の令嬢という重圧を既に背負ってしまったのだ。

 仕草、言動、学ぶ内容、その全てが、未だ十歳の少女の精神には追いつけない程の速さで、セシリアという令嬢を作り出していく。まだ未熟な精神を知識という形で埋めているに過ぎない。私達の娘としての顔はほとんどなく、今やセシリアはシェラード家の人間として振る舞っている。

 

 このままでは、善悪の区別ができても、そこに価値を見出せなくなってしまう。一般的に良いから、一般的に悪いから、そうしてセシリアの基準が歪んでしまう。他人に興味を抱かず、上辺だけの繕った関係で生きていくことになる。それはあってはならない事だと、少しでも何かの刺激になればと、丁度厄介払いしたがっていた親戚筋からルクスを招き入れた。セシリアが初めて、人に興味を示してくれた。ルクスがセシリアの良心となり、ストッパーになってくれればと思った。

 

 けれど、とうとう今日、セシリアが人を斬ってしまった。罪のない人でない事だけが救いだ。帝国との関係性のためにも、きっと最善の行いだったはず。それでも、たった十歳の子供が躊躇いなく人を斬れるだろうか。大人でも躊躇うのに、セシリアはいとも簡単に言ってみせた。本来なら、これは大人が解決すべき問題だったのに。

 もっと早く、どうにかしなければならなかった。未だ十歳の娘として、家にいる時くらい、ただの少女として過ごせるようにすれば良かった。もっと、頼れる父親でありたかった。

 

 本来なら今も昔も、本来あったはずの親子の時間が、セシリアにはない。世話は使用人に任せきりで、妻は引きこもり、私は仕事を理由にセシリアから距離を取っていた。未だに叱り方すら分かっていない。いつも会うのは執務室ばかり。

 セシリアには、背伸びしてでも大人になるしかなかったのかもしれない。親と過ごした記憶がない。子供として扱われた時間が少ない。使用人は親ではない、セシリアを育ててはいたが、愛情をもって接してはいなかっただろう。何せ仕事なのだから。

 

 特に最近は、セシリアが酷く大人びて見える。まるで今までとは別人のように感じる。あの日、突然倒れ目を覚ましたあの日からだ。まだ十歳の子供が大人顔負けの言葉を放つ。正直、恐ろしかった。セシリアの才能は素晴らしいが、このままでは知らぬ間に大人になってしまう。親からの愛情を十分に受ける事なく育った者は、どこか普通とは違った人として育つそうだ。セシリアの、顔と名前を覚えないそれが、まさにその一種なのかもしれない。


「どう接したものか……」


 昔はセシリアも、自らの母に懐いていた。花を持ってきたり、絵を描いたり、その日あった事を話したり……それこそ親子のような時間を過ごせていた。けれど、私達が突き放してしまった。きっと気付いたのだろう、避けられていると。思えば、幼いなりに必死で愛されようとしていたのだろう。必死に距離を縮めようとして、諦めさせてしまった。

 後悔ばかりが頭の中を埋め尽くす。ルクスとは仲良くやれているようで、そこだけは安心した。けれど、いつまで経ってもこのぎこちない関係でいたくはない。ルクスに、親としてしてやれなかった事を押し付ける事はしたくない。親から受けるはずだった愛情をルクスに埋めてもらうように与えてもらうというのは情けない。

 

 こっそりと使用人から聞こえてきた話。セシリアがルクスに縋るように声を荒げて泣いていたというのだ。あの、セシリアが。けれど、よく考えてみれば当たり前の事だった。セシリアはまだ十歳、子供として親に甘え、怒られ、褒められ、育つはずの時期だ。けれどセシリアは、一度たりとも私に甘えてこない。辛くとも、私たちには吐き出す事さえできず、ルクスに縋ったのかもしれない。


(なんと情けない事か)

 

 例え浮世離れした子だとしても、セシリアは私たちのたった一人の娘なのだ。遅くても、向き合わなければならない。今まで避けてきた分、親としての時間を過ごしたい。

 妻が拒絶するなら、私がセシリアの側にいなくては。親として頼れる存在でありたい。あの子が未だ私を父と呼んでくれているのなら、その呼び名に相応しくありたい。


(セシリア、まだ私は……間に合うだろうか……)

 

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