第14話 地獄の追いかけっこ
さて、私はセシリア・シェラード。シェラード公爵家の長女です。兄が処刑された事に腹を立てあくまで自分のために復讐を決意し見事に復讐は果たされました。けれど満足感なくひたすら虚しさに満ちたまま命を落としたのです。
けれど気付けば私は十歳の頃まで戻ってきており、兄が断罪も処刑もされないよう日々奔走中です。そんな中で、少々色々やり過ぎた事によって父に叱られる事はありましたが、結果的に全て良い方向に進むと分かっている父は毎度私を許してしまいます。それも含めてお説教として受け入れておりましたし、父からのお説教は正直慣れてしまっていました。
はてさてそんな私に現在大変なピンチ到来です。スラム街へ行った事によって汚れてしまった服を着替えるため自室に向かっていると、私の部屋の前で般若のような顔をした兄もといルクスが立ち塞がっているのです!
これはまずいと瞬時に部屋から遠ざかろうと振り向いて全速力で走り出すと、ルクスもそれに気付いたようで一目散に私を追ってくる。ルクスに怒られるのはまずい。
さっきお父様にもお説教は受けたが、お父様のお説教は大抵説明しなさいという意味だからそこまで怒られる訳じゃない。けれどルクスは別だ。前回も数える程だが怒られた事はある。いつも私に甘い分お説教はかなり厳しい。
(思い出したくもないのに!)
ルクスのお説教だけはご勘弁いただきたい。屋敷の階段の手すりに乗って滑るように一気に下へと降りる。これは予想していなかったのかルクスと少しだけ距離が離れた。その隙に私は隠れ場所である庭園に向かって走り出した。
シェラード家の庭園はかなり広い。全て見て回るには、1日では少々足りない。そんな庭園には奥の方へ行くと庭師が趣味で育てているだけの小さな温室がある。その裏には誰も入った事のない小屋もある。元々温室の管理用の道具を置いていた小屋なのだそうだが、古くなってきて使われなくなり、もぬけの殻で残っている。
何故かは知らないがお母様の趣味で作られた迷路を通り、既に後ろにルクスの姿は見えなくなっていた。何故庭に迷路など作ろうと思ったのかは知らないが、一年ごとにルートが変わる。庭師の仕事の早さには驚かされるが、どうやらルートを考えているのはお母様らしい。
私は何度もこの庭の迷路を見てきた。抜ける事は容易だが、問題は何処に抜けるかだ。一番簡単なのは訓練所のある方向、そして一番辿り着きにくいのが、温室のある方向だ。あそこはほとんど人が立ち入らないからととびきり難しくしているらしい。
(ルートが分かっていてもなかなか辿り着けない。おまけに別れ道は他のルートとも繋がっているからルクスと鉢合わせする可能性もあって厄介すぎる!)
追いつかれないよう細心の注意を払いながら駆け抜けた迷路は非常に心臓に悪かった。そして幸運な事に途中で庭師とすれ違ったので今度甘いお菓子をあげるから私の場所を誤魔化してくれと頼んでおいた。甘い物に目がない庭師はグッと親指を立ててこちらに突き出す。老体の割に若者の話についていける、流石庭師。
ようやく抜けた迷路から温室へはすぐ近く。どうせ逃げるのなら少し見て行っても良いかもしれない。静かに温室の中へと入り、くるりと見て回る。確かに広くはないが、しっかりとした温室だ。場所さえ違えばもっと使われていただろう。
奥の方にこっそりとイチゴが育てられていたのは、庭師がつまみ食いするためだろう。クスリと笑って見てみれば、よく手入れされたイチゴだった。熟したら、私も少し分けて貰いたいくらいだ。
イチゴの件は後で庭師に相談するとして、今までしっかりと見た事のない温室に少しだけ興味が出てきてしまい、気付けば狭いにも関わらずあちらこちらと温室内を見て回っていた。
小さな木のようなものが並んでいる場所もあり、一体これは何かと考え、異国のボンサイという物ではないかとふと閃いた。そういえば、庭師の出身地は極東にある異国だという。その地の植物なのは間違いなさそうだが、全く見覚えのない植物にはとても興味をそそられる。
けれど一番気になったのは、やはり薔薇だった。そこだけ庭師の趣味ではなさそうな薔薇が咲く区画があった。庭師の趣味にしては他と比べて派手すぎる。きっと元々あったものをそのまま育てているのだろう。
まだ開花はしていない薔薇は、よく見れば青い色の花弁が見えていた。青い薔薇はシェラード家を象徴する花だが、実際にあるとは聞いていない。青い薔薇は自然に生まれるものではないはずだ。白い薔薇を育て、色をつける事で青くするといった事は聞いた覚えがあるが、元々青い薔薇がある事は知らない。
もしかしたら、温室を残し続けているのはこの青い薔薇が関係しているのかもしれない。こんな行きづらい場所にある小さな温室だ。今使われている方の温室に中の植物を移動させて育てた方が良いに決まってる。なのに、この温室は残っている。
シェラード家の象徴である、存在しないはずの青い薔薇。隠さなければならない理由でもあるのだろうか。そんな考えで頭がいっぱいになっていて、気が付かなかった。前回聞き流した事のある、青い薔薇にまつわる話を。
そして……般若の形相で静かに後ろに立つルクスの存在に。




