神隠しの街
ジリジリと照りつける太陽を背にして、人気の無い石畳を歩いて行く。
「ここは遺跡なのか?妙な所だわね。」
マユミ達は立ち並ぶ石造りの建物を横目に見ながら、丘の上の一際大きな教会を目指していた。
といっても、その教会に用事がある訳では無いのだが、代わり映えのない四角い石造りの街並みと違い、尖った塔が遠くからでも目に付いたからである。
この捨てられた街には所々に草木が植えられ、用水路には清らかな水が流れている。
遺跡と言うには余りにも整備されていたが、そこに住まう住民は見当たらない。
街を抜けると直ぐに豊かな森となり、教会へと続く石畳の両脇には鹿達の草を食む姿が見られ、鳥の囀りや小川のせせらぎに安らぎを感じずには居られなかった。
「綺麗な森ね。とても清らかな香りが満ちているわ。生命の起源の場所があるとしたら、こんな所じゃないかしら。」
「そうね、ここからは死の気配を感じない。それも奇妙な事だけどね。」
「隊長!あそこに果物がなっているわ。美味しそうだけど、見たことが無いわね。食べられるかしら?」
そこにはマンゴーの様な桃の様な形の小さな果実が数個房なりに実っている。
マユミはその赤い果物を一つもぎ取ると、戸惑いなく齧り付いた。
「…毒は無いね…美味しいよ。食べてごらん。」
マユミに毒は効かないので、毒見はいつもの事である。因みに毒にも毒の旨味があると力説するマユミ隊長なのであった。
「有難う御座います!…うん!美味しい!ビワに似た味ね!」
「いくつか持っていこう。栄養も有りそうだからね。」
まるでピクニックでもしているかの様に穏やかな道のりを楽しんでいるうちに、目的地である教会へと辿り着いた。
門を潜ると見事な庭園になっていて、色取り取りの花が植えられている。そして、マユミとアイが一番魅せられたのは、その庭園の中央に植えられている見事に大輪の白い花を咲かせたバラの木であった。
「…不思議な感覚だが、以前にもここに来たことがある気がする。」
「そうなの?デジャヴかな。前世の記憶とか。」
「そうかもね…でも、何かが違う…そんな気もする。」
教会の扉には施錠も無く、大きく重そうなその割に音もなく開くことが出来た。
しんと静まり返るその内部には、教会らしく長椅子が並べられてはいたが、その御神体と成る可く物は見当たらない。
「やっぱり誰も居ないのね。遺跡と言うよりは、まるで街全体で神隠しにでもあったみたいね。」
「神隠しか…あながち間違いでも無いかもね。」
マユミはスッとアイの前に出ると、何かを警戒する様に辺りを探る。
『ほう、俺の気配を拾ったか。』
その声は最前列の長椅子から聞こえてきた為に、マユミとアイは入り口付近まで飛んで身構える。それ程にその声に脅威を感じたのであった。
『なに、取って食いやしないさ。』
そこには全身に龍の入れ墨が入った男が立っていた。紫色の長い髪をまるで鬣のように広げ、鋭い眼光と相まって野獣の如き存在感であった。
マユミ達にとって久しく出会っていない、存在を脅かされる程の圧倒的な強者である。
『まあ、座れよ。少し世間話に付き合ってくれ。長い事人と話なんかして無くてな。人恋しいのさ。』
その柔らかな口調は敵意の欠片も無かったが、それでもマユミ達は強張った體を動かす事さえも出来ないでいた。
『…ハァ…。』
その男は何か諦めたように溜息をつくと、御神体の居ない台座の上に腰掛ける。
『俺はテラ。次元龍のテラだ。よろしくな。』
「え!?」
「龍?次元龍のテラですって?」
その男の正体を聞いて、二人は文字通りふにゃふにゃと腰を抜かしてしまった。
『ハハハッ!何だよ二人とも、らしく無いな。お前達の事は見ていたんだぜ。まあ、お前達は俺が見えなかっただろうがな。』
「「………」」
『次元の昇華。この世界の空間にはな、複数の次元が重なり合って存在して居る。お前達が歩いて来た街には人の姿が無かっただろう?』
「…はい」
マユミはかろうじて声を絞り出す。
『それはお前達が次元昇華しちまったから、そこの住人が認識出来なくなっただけだ。あの街には数万人が今も生活しているんだぜ?』
「な!…そんな…」
『俺が見えるって事はそう言う事さ。そして、恵みの大地って所もそんな所だ。』
「……」
『なあ、隊長。俺にもいつものあれ、聞かせてくれよ。これでもアンタのファンなんだぜ?』
悪戯に無邪気に笑うその様子に、マユミとアイの緊張も解けていく。
不思議とその強大な存在感も、頼もしい父の様な親しみのある包容感へと変わって行った。
「…ふぅ。…では。」
マユミは三味線を手にすると、ゆっくりと奏で始めた。
それは神代の物語。始まりの幸せの詩。天と龍の唄である。
窓から差し込む日差しがテラに注ぎ、その様は教会に現れた神であるかのように神々しい絵であった。
「ああ…なんて素敵な光景かしら!」
アイは夢見た神話の世界を目の前に、マユミの唄に惹き込まれる。
『……ありがとう…』
テラの姿は次第に光に溶けて消えていったが、二人にはその気配を感じることが出来た。
マユミの唄はまだ終わらない。。
二人の旅はまだまだこれからなのだから…。




