結びの旅館
アイはマユミから神代の神々と龍の唄を聞かされて、すっかり心を奪われてしまった。更に、何とその物語は実話であると教えられたのだ。
その世界を一目見たいと結びの回廊へと入り、マユミと共に今迄長い旅をして来た。
しかし、もうその夢は叶わない…。
マユミは、父に聞かされた恵みの大地を夢に見て、その素晴らしい神代の物語を唄にした。
そして、自分も恵みの大地に立ち、その地の空気を吸い、水を飲み、人々と語らい、それらを新しい物語として唄いたかった。決して終わらない唄を…。
だが、マユミが愛用の三味線を奏でる事は、もう無いだろう…。
クロの祠に向かう光の道を踏み締める様に歩くマユミとアイ。しかし、それでも二人に後悔はなかった。
やがてクロの祠が見えて来る。
そこには、黒猫の毛並みと良く似た長い髪を持つ少女が待っていた。
『……無事に禊ぎを終えられたようですね。』
『二人共、此方に』
そして、ミケとその少女…クロは並んで祠に向かい祈り始める。
マユミとアイも跪いて祈る。
すると、マユミとアイはキラキラとした光に包まれ、その姿は次第に半透明となり、やがて二人を包む光に溶けて消えて行く。
「アイ…ありがとう…」
「フフフッ…隊長ったら、まるでお別れの挨拶みたいですよ?」
そんな声だけを残しながら…。
『マユミさん!アイさん!』
ぼんやりと覚醒し始める意識の中で、誰かが私の名前を呼んでいた。
『ミケ!クロ!やり過ぎよ!早くアコちゃん呼んで来て!』
『シロ様。大丈夫じゃ、もう呼んであるよ。』
私は重い瞼を薄っすらと開け、私を抱えるその声の主を見る。
「……あぁ…りんじゃないの…久し振りね……フフフッ…大きくなったわね…」
『シロさん、ごめんなさい!と、と、止める間もなくって…』
『さあ早く中に運んで!』
私は、かなり消耗してしまったようだ。自分の體を上手く支える事すら出来なくなっていた。
朧気に周囲を見ると、直ぐ側にアイが横たえられて居る。
「…アイ…アイ…やっと辿り着いたわよ…アイ…」
『マユミさん、アイさんはまだ意識が無いけど無事よ。安心して。』
「フフッ…まるであの時と逆になってしまったね…」
そして安心した私は意識を手放した。
後で聞いた話だが、ミケは供物に髪の毛や三味線、短刀等を考えていたらしい。
私達が戸惑いも無く、両目と片腕を差し出したので、流石に驚いてしまった様だ。
私達の欠損部は、駆け付けてくれた恵みの神様の奇跡で元に戻して頂いた。
大変光栄な事であったが、その後たっぷりとお説教をされたのは良い思い出である。
『全く!その真面目過ぎる性格は宮川さんにそっくりなんだから…。』
と、りんにも怒られた。
結びの宿の温泉の治癒効果もあり、私もアイも今では全快どころか以前よりも体調が良いくらいだ。
アイは恋焦がれた恵みの大地を満喫している様子だ。もうすっかりこの地に馴染んでいる。
今頃はギルドシリウス本部で、次の冒険の準備でも始めているだろう。
そう…
私達の神代の物語は、咲き誇る満開の桜から始まる。
この恵みの大地に立ち、巨大な世界樹を見上げ、龍と語らい、遥かな星の記憶へと…。
三味線を奏で、唄い語り続けよう。
私の子供達に…またその子供達にも、どうかこの幸せが届きますようにと…
最終回まで読んで頂き、ありがとうございました!




