切ない恋の唄
オムニバスで不定期更新して行きます。
旅をしながら色々な出会いや想いを唄にしていくお話しです。
渓流を辿って原始の森を進んだ先に、その小さな山小屋はあった。
明らかに人の生活の気配が残っているのだが、その主は見当たらない。
部屋の暖炉には暖かな火が今も部屋を暖め、テーブルにはパンとチーズが入ったカゴが置かれている。
窓際に置かれた一人用のベットも整えられていて、良く見ると隅々まで掃除が行き届いているのが分かった。
「ここで生活しているのか?…まさかね。」
「あり得ない…事も無いでしょう?私達の常識など、結びの回廊では何の意味も無いのだから。」
声の主達は、真っ黒な忍の様な服を纏っている。その流れる様な所作からも、相当な武芸者である事が想像できた。
「もし住人が居るのだとすれば、私達は泥棒扱いされてしまうわよ?こんな出で立ちですもの。」
「フフフッ。それもそうだね。」
二人は外へ出ると、丁度見事な満月が昇って来るところである。小屋のすぐ前に流れる清らかな小川の川辺には蛍が灯す光が揺れて、何とも風流であった。
「まるで絵本の中の風景だわ!」
「私達にも、こんな安らかな時が持てるとは…」
二人は頭と口元に巻かれていた黒い布を取り去り、近くの木の根元に腰掛けて、暫くその光景に溶け込んでいた。
一人は黒く艷やかな長い髪。切れ長な目元はその意志の強さを現しているようである。
もう一人はオレンジ色のショートヘアーに通った鼻筋。顔つきからケルト系の血を引いているのかもしれない、まだ少女と呼べる年頃の女性であった。
「今日はこの庭先でテントを張らせてもらいましょう。」
慣れた様子でテントを設営して焚き火を燃やすと、水嚢から林檎を取出し齧りつく。
「ねえ、隊長。お願いしてもいい?」
「フフッ、毎日毎日飽きないのかい?」
「飽きたりするものですか。もうすっかり虜にされてしまったわ!」
隊長と呼ばれた黒髪の女性は背中に背負っていた三味線を降ろし、静かに静かに奏で始める。
赤髪の少女、アイは、隊長と呼ばれた女性、マユミと共にギルドシリウスのメンバーである。
彼女達は平行世界である恵みの大地に憧れて、この結びの回廊の踏破を決意したのだ。
三味線に合わせてマユミが語る様に唄い出す。それは龍に纏わる神話であった。時に激しく、時に悲しく、愛に溢れ、業に焼かれる。そんな神話であった。
アイは最初にこの曲、このお話を聞いた時には、なんて素敵な物語なんだろうと夢中になったが、後でこれは実際にあった神話なのだと聞かされて、それこそ魂を奪われてしまったのだ。
そしてその神話の地へと行ってみたいと、その神話の神々に会ってみたいと強く願った。
それ以来、アイは毎日マユミにこうしてお願いするのである。
神々にお会いしたい、神々の地を踏んでみたい気持ちは、マユミも同じである。その想いがマユミにこの曲を作らせたのだから。
マユミの演奏は最後に穏やかな優しい曲調となり、そして始まりと同じ様に、静かに終わった。
アイは瞼を閉じてうっとり聴いていた。
『やるじゃねえか!いいもの聴かさてもらったぜ!』
突然に木の上から声を掛けられ、二人は身構えるよりも飛び上がって驚いてしまった。
『ハハッ!悪い悪い、驚かせちまったな。』
そう言って木から降りてきたのは、一羽のカラスであった。
『俺は達丸ってんだ。珍しく迷い人かと見に来たら、綺麗な唄声が聞こえたもんでな。悪いと思ったがこっそりと聞かせてもらってたのさ。』
マユミもアイも達丸と名乗ったカラスに悪いものは感じなかったので、警戒を解くと、
「私はマユミといいます。こちらはアイ。恵みの大地を目指して旅をしているのです。もしかして。この山小屋は達丸さんが住んでいらっしゃるのですか?」
『いやいや、俺の住処は鳥居の上さ。その小屋の主は長い間眠っててな、今は居ねえよ。』
「それにしては、綺麗に整えられていているようだけど…」
『ああ、お嬢がな、やってるんだ。ここの主と祝言挙げる筈だったんだがな…お嬢は其奴がいつ帰ってきてもいいようにってな。健気なもんさ…。』
達丸は寂しそうな声色でそう語った。
何か複雑な事情でもあるのだろうと気になった二人であったが、それを察したのか
『おっと、旅の方につまらねぇ話を聞かせちまった。お嬢に怒られちまうぜ。すまねぇ、今の話は忘れてくんな。じゃあ、道中気を付けるんだぜ!』
そう言い残すと、夜の闇へと飛び去って行った。
「驚いたわ。やっぱり結びの回廊にも生活をして居る人達が居るんだね。」
「達丸さん…寂しそうだったわね。この山小屋の主とは友達だったのかしら…」
マユミは会った事も無いこの山小屋の主を思い浮かべ、そして今もその帰りを信じて待ち続ける女性との切ない恋を歌い始める。
何とも悲しいその調べに、アイも胸が締め付けられて涙さえ溢れてきた。
「どうかこの悲しい恋が結ばれますように」
既に天高く昇った満月に、そんな想いで祈るのであった。




