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奇蹟のアンサス  作者: 究極生命体ハシビロコウ
第1章 旅立ち
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第6話 「また会う日まで」

「やった......のか?」


「ああ、成功だよ」


 パチッ…...パチッ…...死体の周囲がイグニス・アニマの影響で僅かに燃えていた。


「はぁ......はぁ…...出来たのはいいけど火が」


「大丈夫。私が消そう」


 サルバスが杖を構えると、杖の先端が青白く光り水の塊が現れた。狙いを定めてその塊を火元へ向け勢いよく放った。


 シュウゥゥゥと音を立て火は一瞬で鎮火された。


「!」


 水魔法。水を生み出し操る魔法である。ルベルは初めて水魔法を目撃した。


「どうだい? もう立ち上がれるかな?」


「はい、なんとか」


 ルベルは膝に手を当てゆっくりと立ち上がった。


「どうでしたか? さっきの?」


「初めてにしては上出来だよ」


 ルベルは満面の笑みを浮かべた。誰かに褒められた経験が少ない彼にとって、その言葉は素直に嬉しかった。


「だが、1つの魔法だけでどうにかなるほど魔法士は甘くない。イグニス・アニマは消耗が激しいし、撃つまでに起きな隙がある。1戦に撃てる回数は限られるだろうね」


 それを聞いてルベルは納得した。1度撃っただけで大きく疲弊している自分が、まともに戦っていけるイメージが湧かなかった。


「順番が逆になってしまったけど、これから君には魔法の基礎を叩き込む。」


「お願いします!」


 ルベルは声を張り上げ、迷わず即答した。


 サルバスは笑顔を見せた。ここまで自分の話を熱心に聞いてくれたことが嬉しかったのだ。


「まず魔法士が最初に習得すべきは、『攻撃魔法』と『防御魔法』。この2つは最も習得が容易で、最も使用頻度が多い魔法だからだ。君にはこの2つをある程度使いこなせるようになってもらう」


『攻撃魔法』

 炎魔法・水魔法・風魔法・土魔法・雷魔法の5種が存在する。魔力があれば誰でも習得が可能だが、適性があるとその力をより多く引き出すとこが出来る。


『防御魔法』

 魔力で壁や結界を構築する魔法。『放出型』の魔力を持っていれば誰でも習得が可能。使い手の練度次第で、形・大きさ・硬度を自由自在に変えることが出来る。


 そうしてサルバスは、魔法の基礎について話し続けた。時々実演も交えながら1つ1つ丁寧に教えた。ルベルは真剣に耳を傾け、重要な部分はサルバスが貸してくれた紙とペンでメモを取った。


 時間はあっという間に過ぎ、気づけば日が沈み始めていた。


「もうこんな時間か。そろそろ帰ろう」


 サルバスの長く濃密な魔法の基礎講座が終わった。ルベルはとても満たされた顔をしていた。今までなんの目標もなく生きてきた人間が、『魔法』という自分の心血を注ぎ込み夢中になれるものを見つけたのだ。それは人間にとってとても素晴らしいことである。


 2人は屋敷へ戻るため来た道を歩いていった。すっかり夕暮れ時になっており、西日が2人を包み込む。上を見上げると、茜色に染まった夕空が森の上に広がっていた。やがて屋敷の裏門へ到着し、裏庭を通って正面玄関へ向かい中へ入った。


「お帰りなさいませ。夕食の準備が整っております。どうぞこちらへ」


 女性の使用人が2人を食堂へ案内した。


 食堂は広々としていた。中央に清潔感のある長テーブルがあり、天井には立派なシャンデリアが取り付けられ、部屋全体を明るく照らしている。テーブルの1番奥の真ん中にヒューゴが、その右手前にブランが座っていた。


「ようやく戻って来たか。2人ともどこへ行っていたんだ?」


「森へ行って魔法について教えていた。とても有意義な時間だったよ」


「そうか。なら良かった」


 ブランはルベルの方へ視線を向け、その姿を見て安心したように息を吐いた。その表情はどこまでも暗く、死んだ魚のような目をした表情ではなく、人生に希望を見出し前へ進もうとする、明るい表情だった。


「2人とも席に着け。早くしないとせっかくの料理が冷めてしまう。」


 そう言われサルバスはヒューゴの左手前、ルベルはその隣に座った。それぞれの前に自家製のバゲットとバター、色とりどりの野菜が盛られたサラダ、カボチャのスープがあり、テーブルの中央にはこんがりきつね色に焼き上がった大きなローストチキンと、白身魚のグリルがならんでいた。皆フォークとナイフを手に取り料理を食べ始めた。


「サルバス、いつまでここに滞在するんだ?」


「明日の朝ここを発つつもりさ」


「もう行っちゃうんですか?」


 ルベルは悲しげな表情で言った。明日も魔法について教えてもらえると思っていたところに、「明日帰る」と言われたら、このような反応になるのは当然である。


「ああ。本当はもっといたいけれど、王都に戻ってやらなければいけないことが沢山ある」


「どうせならルベルも一緒に連れて行ったらどうだ? 魔法を教わったならもう大丈夫なんじゃないか?」


 グラスに注がれたワインを1口啜ってからヒューゴが尋ねる。


「残念ながらそれは出来ない。確かに今日魔法の基礎を教えたが、しっかり身に付いたわけじゃない。そんな状態で連れて行くわけにはいかない」


「でも、早く行かないと誰かに先を越されるんじゃ......」


「ルベル、こういう時最も大事なのは『焦らないこと』だ。焦りは人間を大きく狂わせる。「早く魔石を見つけなければ」という使命感に駆られて、魔法の基礎が固まっていないまま飛び出していけば、君は必ず後悔する。この依頼はすごく危険だ。最悪の場合死ぬ可能性だってある。焦って事を急いだ人間に未来は無い。」


「…...」


 全くその通り過ぎて、ルベルは言葉が出なかった。


「心配は要らないよ。情報が少な過ぎるのもあって、魔石を探しに行くか判断に迷っている者も多いと聞く。発見されるまでにはまだまだ時間がかかるだろうね」


 サルバスはゆったりとした顔で、バゲットにバターを塗り口に運んだ。外はサクサク中はしっとりとした食感に香ばしさが加わって、彼の味覚と嗅覚は幸福に包まれていた。


「安心しろルベル。お前が旅立つまで我々はしっかり手助けするつもりだ。それにこれはお前1人の戦いではない。我が一族全員で乗り越えなければならない試練なのだ」


「ありがとう父さん」


 ヒューゴの心強い言葉にルベルは勇気をもらい、ほんの少し気持ちが楽になった。そのままの勢いで、ローストチキンに手を伸ばし口いっぱいに頬張った。口の中で鶏の旨み成分を大量に含んだ肉汁が溢れ出し、頬が落ちるほど美味であった。そうして皆で談笑しながら楽しい時を過ごした。


 *


 翌朝———


 サルバスは出発の準備を整え、屋敷の門の前で馬車に乗ろうとしていた。その後ろには、見送りのために屋敷の者達が揃っていた。


 ヒューゴの心は、もっと話がしたいという気持ちでいっぱいだった。その表情は友人と久々に再会できた嬉しさと、すぐに別れなければならない悲しみが入り混じっていた。


「サルバス殿......ありがとうございました。」


 ブランはサルバスの方を見て深々と頭を下げた。自分とルベルに希望を与えてくれたことに恩を感じていた。


「ルベル」


 サルバスはルベルの手を握った。


「私はここに来て君と会うことができて、本当に良かったと思っている。魔法を学んで生きる希望を見出した君に、私は勇気を貰った。おかげでこれから自分が何をすべきなのか、はっきりさせることが出来たよ。」


 サルバスは、ルベル達と早々に別れなければならない事への悲しみを表に出さず、ただ己の中にある感謝の気持ちを伝えた。


「私が君に魔法を教えたことは、単なるきっかけに過ぎない。これから君がどう成っていくかは、全て君次第であることを忘れないでくれ。そうだ!これを」


 ゴソゴソとサルバスはポケットから1枚の髪を取り出した。それはとある場所の簡易的な地図であった。


「それは、王都にある私の研究所の場所を記した地図だ。王都に来たらそれを頼りに訪ねてきてくれ。再び君の力になることを約束するよ」


「ありがとうございます。先生」


 とルベルは悲しみ1つない純粋な笑顔で言った。必ずまた会えると信じているからだ。サルバスは先生と呼ばれだのが嬉しかったのか、反射的に口角が上がり微笑んだ。 


「それじゃあ、行くよ」


「ああ、達者でな」


 そう別れを告げサルバスは馬車に乗った。彼が乗ったことを確認した御者が手綱を握ると、馬車は砂埃を上げながら軽快に走り出した。馬車がどんどん遠ざかっていく中、馬車の方へ手を振った。手を振るのをやめても、遠くに見える馬車を見つめていた。


「寂しいか?」


 とブランが尋ねた。


「寂しいよ、でもいいんだ。今度は僕が会いにいくから」


 ルベルは快晴の空を見上げて言った。いつもは暖かい朝の日差しだが、この時は少し冷たく感じた。


 *


 サルバスが発ってから半年後のとある日の朝。

 太陽が昇り、輝く朝日が緑豊かなフロース領を照らしている。

 その中を、1台の馬車がアクイレギアの屋敷を目指して走っていた。馬車が屋敷の前に停まり、御者が扉を開けると中から1人の男が欠伸をしながら出てきた。外に出た男は、目を擦りながら目の前にある屋敷と辺りの景色を見回した。


「はぁ......相変わらずしみったれた場所だなぁここは。まぁいいか。もう少しで、こんなクソ田舎に帰って来る必要も無くなるんだ。俺は今よりも『上』に行くんだからなぁ。」


 男はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「さぁ、盛大に出迎えろよ。次期当主様のお帰りだ!」


 とうとう『彼』が皆の前に姿を現す。

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