第3話「決断」
ルベルは、家族の未来を左右する選択を迫られ、かつてないほどの緊張で体が震えていた。彼も兄ウィオラが次期当主になることには反対である。幼い頃から共に暮らす中で、彼が野心を抱いていることは分かっていた。
ただルベルには、旅に出て王の依頼を成し遂げる自信が無かった。今まで何かを成し遂げたわけでもなく、変わった特技もない。屋敷で父や兄の手伝いをし、この先も同じような日々を過ごすと思って生きてきた彼にとって、この選択は酷なものであった。
そんな中、部屋に飾ってあったとある人物の写真が目に入り幼い頃の記憶が蘇った。
「人が生きていくのに必要なのは一歩踏み出す『勇気』だ。怖いとか恐ろしいという感情を捨てて、一歩を踏み出すことができれば人は成長し強くなれる。勇気が人を強くするんだ。怖くて前に進めなくなったら、この言葉を思い出せ。ルベル、お前は強い子だからきっと大丈夫だ」
それは今は亡き祖父アルノルフォ・アクイレギアの言葉だった。祖父は幼いルベルを可愛がっていた。ルベルが幼少期を楽しく過ごせたのは彼のおかげでもある。同時に祖父を失った悲しみは、ルベルの心に大きな傷を残した。性格が暗くなったのも祖父が亡くなった後からである。
(じいちゃん......そうだ、なんで忘れていたんだ)
ルベルは拳を強く握りしめた。
(僕が変えなきゃいけないんだ。心はまだ不安だらけだ。けど、ここで退いたらブラン兄さんを救えない。死んだじいちゃんにも顔向け出来ない)
この瞬間、ルベルの顔から不安の表情が消えた。どうやら覚悟が決まったようだ。
「サルバスさん」
「ん?」
「僕やります」
これを聞いたサルバスは口角が上がった。
「王の依頼を遂行して、兄さんの病を治します」
「よく言った」
「!」
「ルベル......」
ブランとヒューゴはこの決断が意外だったのか驚きの表情を隠せなかった。
「私の病気を治してくれるのはありがたい。だがお前を1人で......」
「僕は兄さんを死なせたくない!」
「!」
ルベルは少し声を荒げた。
「僕は兄さんに感謝してるんだ。兄さんがいたから僕は今日まで生きてこれた。ずっと僕の面倒を見てくれて、迷惑かけたことだってあるのに、恩返しもさせてくれないなんてあんまりじゃあないか!」
「ルベルお前......」
ブランは驚きを隠せなかった。ずっと気にかけていた弟が、自分に対してこのような感情を抱いているとは思いもしなかったのだ。
「と、いうわけだ。どうする? ヒューゴ。」
サルバスが問いかけるとヒューゴは、ルベルの方へ歩み寄って行き、両手をレベルの肩に置いた。
「本当にいいんだな?」
こくんっ
ルベルはヒューゴの顔を見て頷いた。
「そうか...私も無茶なことをさせているという自覚はある。だがブランの病については、治らないと分かっていたが、治してやりたいという気持ちはずっとあった。これを逃したらもう2度とチャンスは巡ってこないだろう。頼んだぞルベル。お前は我々の希望なのだ!」
ヒューゴは涙を堪えながら話した。父親として、息子の目の前でボロボロと涙を流す訳にはいかなかったのだ。
「さて、君はどうだブラン?」
「正直不安だらけですが、もう私が何を言っても止まる気はないのでしょう。懸けてみることにします。最愛の弟に」
「分かった。これで決まりだな」
サルバス以外の3人が頷いた。
「では早速準備をしなくてはな。ルベル、私と共に外へ来てくれ。君に魔法を教える」
「!」
ルベルの体に緊張が走った。
「サルバス、本当にできるのか?」
「心配するな。手紙でも言っただろう? ルベルは才能が無いんじゃなく、使い方を知らないだけ。私がそれを教えるんだ。あとは任せろ」
「分かった」
ヒューゴは少し安心したが、不安が消えたわけではない。信頼している友が教えるとはいえ、魔法に全く触れたことのないルベルが習得できるのかが不安だった。
「さぁ、行こうかルベル」
「はい。父さん、兄さん失礼します」
そう言って2人は部屋を後にした。
「案外早く終わりましたね。もっと長引くかと思っていました」
「あぁ私もだ。ルベルが決断するまでには、ある程度時間がかかるだろうと思っていた。ブラン、先程までのルベルを見てどう思った?」
「最初はいつもと変わらない雰囲気でした。しかし、依頼を受けると決断した後のルベルはどこかいつもと違いました。初めてです。ルベルのあんな表情を見たのは」
昔からルベルの表情は暗いことが多かった。2人共ルベル暗い表情を見てきて、いつしかそれが当たり前だと思うようになっていた。それ故に、あの覚悟が決まった表情はとても新鮮だったのだ。
「父上......ルベルは大丈夫でしょうか? この家の未来のためとはいえ、16歳の青年が背負うにはあまりに重すぎる気がします」
「私とて同じ気持ちだ。だが、ここを離れて依頼を遂行できるのはあの子しかいない。我々できるのはもはや、あの子を信じて見守ってやることだけだ」
「そうですね」
ブランは父の言葉を聞いて少し心が落ち着いた。心配なのは自分だけではないのだ。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「ブラン!」
ヒューゴはすぐにブランの元へ駆け寄った。
「もう休め。私が寝室までつれていってやる」
「ありがとう......ございます.......父上」
ヒューゴは少し焦りながらブランを寝室まで連れていった。
場面は変わり屋敷の裏庭。サルバスによる魔法習得の授業が始まろうとしていた。
「さてルベル。依頼を受けるということは旅に出ることになる。魔法は必須だ。と言っても、自分が魔法を習得できると信じられないか?」
「はい。自分に魔力がそれなりにあるってことはわかります。それ以外は何も」
ルベルは自身がなさそうに言った。さっきまでの覚悟が決まった、あの一皮剥けたような感じは何処へいったと、言いたくなるような顔だった。
「この際はっきり言おう。ルベル、君には魔法の才能があるそれも人並み以上にね。ヒューゴが手紙で君のことについて色々教えてくれてね。それを読んで私は確信したよ」
ルベルに秘められた才能が明らかになる。