第2話 「未来の話」
サルバスが深刻な表情で口を開いた。
「ブランの病気を治す方法が、あるかもしれない」
「!?」
サルバスの言葉を聞いて一同は驚愕した。
ブランが患っている病は「魔蝕病」という。これは、生まれつき魔力への耐性が低い者が極稀に発祥する病であり、体内に有する魔力に肉体が耐えられず身体機能に悪影響を及ぼすというものである。時が経つにつれ魔力が体を蝕んでいき、やがて死に至るという不治の病である。この病を患う者は非常に少なく、一般的にその存在を認知されていない。
勿論この事実は全員把握済みであったため、サルバスの口から『治るかもしれない』という言葉が飛び出したのは予想外であった。
「本当なのか? それは?」
「あぁ、間違いない。私が魔蝕病について調べている時に読んだ、古い文献に記されていた」
ヒューゴは驚きのあまりソファから立ち上がっていた。その目は涙に濡れていた。
「今から200年前、この国の王女が魔蝕病を患っていた。父である王は国中の高名な医者を集め王女を診させたが、誰も治療法を知らず治すことが出来なかった。しかしある時、1人の冒険者が『薬になりそうな花を見つけた』と言って王に献上した。それは誰も見たことがない不思議な花だった。王はその花を元に薬を作るよう医者達に命じ、そうしてできた薬を王女に飲ませたところ、魔瘴病が完治し王女は元気になって、後に王位を継承したということだ」
「......」
サルバス以外の3人は、驚きのあまり言葉が出てこなかった。少しの間沈黙が続いたが、ルベルが口を開いた。
「その......薬に使った花っていうのは具体的にどんな花なんですか?」
「残念ながら、それ以上のことは一切記されていなかった。花の名前・特徴・生息地全て不明だ。その他の文献も調べて見たが、どこにも花に関する記述はなかった」
サルバスは表情を一切変えず話を続ける。
「文献の内容から花と王族が関係していることは明白。不治の病を完治させたというのに、そのことが後世に伝えられてないというのは不自然だ。わざわざ隠すのにはきっと意味がある筈だ」
「では、王族と話す機会があれば何か分かるかもしれませんね。」
「しかし、我々のような地方の貴族に王族と繋がる機会など......」
ヒューゴは拳を強く握りしめ、己の無力さを実感していた。
「そう落ち込むなヒューゴ。王族と直接会って話せる人間なんてごく僅かだ。君が責任を感じる必要はない。ここまでの話を聞いてどうしようもない状況だと感じだだろうが一つだけ希望がある」
サルバスがそう言うと、他の3人は顔を上げた。
「ヒューゴは既に知っているかもしれないが、つい先日この国の王自らが国中の貴族とギルドにとある依頼を出した」
ブランとルベルはキョトンとしていたが、ヒューゴは目を見開き何かに気づいたような顔をした。彼の元には数日前に王国から通達が届いていてた。
「まさか!」
「依頼の内容はとある特別な魔石を探し出すこと。それを発見した者には、その者が望む褒美を与えるとのことだ。依頼を遂行するかは任意だが、これは千載一遇のチャンスだと思わないか?」
ブランとルベルは、あまりにスケールの大きな話に衝撃を受けた。一方でヒューゴは不安な表情をうかべていた。
「その話がチャンスだというのは分かる。問題は誰がこれを探しに行くかだ。私はここを離れられないし、他に頼むあてはない」
ヒューゴがそう呟くと、サルバスが自信満々な顔で
「そこは大丈夫だ。ルベルに行って貰えばいい」
と言った。
「!?」
「何故ルベルなのですか? 確かにこの子は1番若いですが、魔法は使えないしフロース領の外へ出たこともない。あまりに危険です。」
「ルベルに話に参加するよう言ったのはこのためだ。これはルベルが変わるための機会でもあるんだ」
「?」
ルベルは困惑していた。自分はただ話を聞いていればいいと思っていたのに、いつの間にか自分が話の中心になっていたからだ。
「すまないルベル。急な話で驚いたろうが、今回の話で1番重要なのは君の存在なんだ」
サルバスはルベルの方へ視線を向け、真剣な表情で言った。
「私が描いているこの先のシナリオはこうだ。魔法を習得したルベルが魔石を探し出し、その褒美として花に関する情報を聞き出す。その後花を入手しブランの魔蝕病を完治させ、ウィオラが次期当主になることを防ぐ」
ウィオラ・アクイレギアはこの家の次男であり、現在は魔法学校へ通っているため王都で暮らしている。性格は傲慢で領民からも酷く嫌われている。しかし、魔法の才能に秀でており頭もそこそこ良かったため、ヒューゴは病弱なブランの代わりに彼を次期当主に据えようと考えていた。
3人はサルバスが綿密な計画を練っていたことに、驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
サルバスは更に続けた。
「アクイレギア家にとって最悪の未来とは、ブランが病で死にウィオラが次期当主となること。そうだろう? ヒューゴ」
「.....」
サルバスの言ったことが図星だったためか、ヒューゴは何も言えなかった。彼はブランとウィオラのどちらを次期当主にするかでずっと悩んでいたのだ。
「ブランの病気を考えるとウィオラを当主にしたいが、彼が当主になった場合その内に底知れぬ野心を秘めている可能性を考えると、アクイレギア家は悪い方向に傾くのは必至。今までどうにかしたいとは思っていたが、結局どうにもできなかった。そんな中でこの話が舞い込んできたというわけだ」
サルバスはヒューゴの気持ちを代弁した。
「ルベル、危険なことをさせるというのは分かっている。だが無理に行けとは言わない。どうするかはお前が決めるんだ」
それに続いてブランも意見話述べる。
「私は反対です。家の未来がかかっているとはいえ、ルベルが私のために命を賭してこの依頼に参加する価値があるとは......もし命を落としてしまったら? そもそもルベルは魔法が......」
「魔法は私が教える。ヒューゴから手紙で聞いた限り、ルベルは才能があると思っている。どうなるかはわからないがやる価値は充分にある。さぁルベル、あとは君次第だ」
サルバスはルベルの方へ視線を向けた。
「言っておくが、あくまで私は『こういう道もある』という提案をしただけだ。君自身でよく考えて答えを出してくれ」
ルベルは途方もない話に困惑しながらも考え始めた。
ルベルの決断やいかに......