仲間
シャルロットは自分の過去を赤裸々に語った。全てを語り終えた彼女は、どこか満足げな表情だった。
「あ、姉御!」
と聞き覚えのある声が、ルベルの背後から聞こえてくる。
「!」
振り返ってみると、下っ端達が意識を取り戻し立ち上がり始めていた。
「一体、どうなったんです?」
「決めたわ。アタシはこの子について行く。盗賊団桃色の棘は、今日で解散よ」
「そうっすか······叶ったんすね」
「ゴメン······ずっと、アンタ達と一緒にここまで来たのに」
「何言ってんすか!」
別の下っ端が声を上げる。
「姉御の幸せは、俺達の幸せだ。解散するのも、離れ離れになっちまうのも悲しいが、それがアンタにとっての幸せならそれでいい。俺達は皆、いつもアンタのことを第一優先に考えてきた。ここに、アンタの幸せを願っていない奴は誰一人としていない。そうだよな? お前ら!」
「あぁそうだ、俺達は姉御に忠誠を誓ってる!」
「そんなことで反対するやつなんざいやしねぇ!」
「もしいたら、全員でタコ殴りにしてやる! ギャハハッ!」
「アンタ達······」
「だから、そんなしんみりした顔しないで下さい。俺たちはただ、姉御に笑っていてほしいんです」
シャルロットは零れそうになる涙を拭い、ニコリと笑った。
「ありがとう。でも、勘違いしないでよね。これで縁が切れるってわけじゃない。しばしの別れよ」
下っ端達は全員、満足そうな顔をしていた。どんな状況だろうと、シャルロットへの忠誠と愛が揺らぐことはないのだ。
「さて」
とシャルロットは両手を叩く。
「さっさとずらからなきゃね。村の連中がやって来たら面倒だし。アンタ達、準備はできてる?」
「OKっすよ!」
「ちょっと待って、僕と一緒に行くんじゃ······」
「大丈夫よ。ちゃんと考えてある」
とシャルロットは1枚の紙に何かを描き始めた。
「おい、クソガキィ!」
下っ端の一人が叫ぶ。
「お前、姉御を泣かしたらどうなるかわかってんだろうなぁ?」
「俺達の存在を忘れるんじゃねぇぜ」
「まぁ大丈夫だろ。少なくとも、俺等よりは強ぇんだからな」
「心配はしなくていい!」
ルベルは声を張って、言葉を返す。
「この人には、僕がしっかり付いているから!」
「あぁ、そうだそれでいい! 片時も離れるんじゃあねえぞ!」
「はい、これ」
シャルロットは紙に何かを描き終え、ルベルに手渡す。
「アンタ達、逃げるわよ!」
「イェッサー!」
「じゃあ、また後でね♡」
「あっ、ちょっと······」
シャルロットと下っ端達は、バラバラに森の奥へ颯爽と逃げていった。先程までのが嘘のように、アジトは静寂に包まれた。
ようやく全部終わったのだと肩の力が抜け、ルベルはアジトをあとにした。
*
明け方――
村に戻ったルベルが、敵は全員散り散りに逃げていったことを伝えると、村人達は安堵し歓喜の声を上げた。
「この老婆が村を代表して言わせてもらうわ。本当にありがとう」
村長のポピーは、ルベルの手を優しく握り笑顔でそう告げた。
「いえ、そんな。僕は偶然通りかかっただけです」
「謙遜はお良しなさい。あなたのような年頃の子が、蛮族に立ち向かうなんてとても勇気がいることよ。もっと自分を褒めておやりなさい」
その後村では、脅威が去り平穏が訪れたことを祝うため、宴が催された。ルベルは英雄のように扱われ、宴の主役となりこれ以上ないもてなしを受けた。村の人々と会話をしながら、豪華な食事を堪能する。
彼の人生において、何かで主役になることや賑わいの場にいることもなかったので、嬉しい反面どういう顔をしたらいいのか分からず、反応に困ってしまった。だが、村人たちが次々と色々な話題を振ってくれるので、話す内容には困ることなく何とか会話を続けることができた。
時間は矢のように過ぎていき、気づけば時刻は昼を回っていた。ルベルは腹一杯になり、睡魔でウトウトしかけている中、肩をトントンと叩かれる。
「ルベルさん、ちょっとよろしいですか? お話したいことがあります。」
肩を叩いたのはリリーだった。
「え? あ、はい」
彼女に連れられルベルは村の教会へ向かう。
「急にお呼びして申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。それで、お話って······」
リリーは少し緊張した面持ちで話し始める。
「ルベルさん、あなたは女神ドラセナを信じておられますか?」
「へ?」
デルフィニウム王国では、女神ドラセナを御神体とする『ドラセナ教』が信仰されている。ドラセナは幸福をもたらす女神であり、その信仰は王国の隅々まで行き届いている。
「も、勿論信じています。家には小さな女神像が置かれてますし、近くには教会もありました。そもそも、この国にいて女神ドラセナを信じてない人なんて······どうして、僕が女神を信じていないと?」
「昨日、この教会であなたに初めてお会いした時、ほんの一瞬変なオーラを感じ取ったんです」
「変なオーラ?」
「はい、なんというか······こう······深淵に引きずり込まれるような。異様な雰囲気を感じ取りました。この国の人々は、生まれた後教会にて儀式を行い、女神ドラセナの加護を受けます。あなたから感じたのは、それとは真逆のものでした。それで心配になりまして」
「僕から、そんなものが······」
予想外のことを言われ、ルベルは身震いした。
「もっ申し訳ありません······大変失礼なことを言っているのは承知しています。ですが、聖職者である身からすると、どうしても気になってしまいまして」
「僕自身は何ともありませんし、そんなオーラが出ているなんて誰かに言われたこともありません。リリーさんは何か知っているんですか?」
「残念ながら、私には皆目見当もつきません。もし今後、誰かに同じようなことを言われる機会がありましたら、より一層注意した方がよいかもしれません。······そういえば、この村を出た後はどちらに?」
「王都を目指します。例の『動く魔石』を探す旅をしているんです」
「そうですか、あなたも······でしたら、王都の大聖堂を訪ねてみて下さい」
「大聖堂?」
「はい。そこには、私より上位のプリーストや大司教様もいらっしゃいます。あの方々なら、何か知っているかもしれません。とはいえ、私も最低限出来ることはやらせていただきます。ルベルさん、こちらへ」
リリーは、背後にある女神ドラセナの像の前に立った。
「目を閉じて、私の前で屈んで下さい」
「?」
ルベルは言われるがまま、リリーの前で膝を着いた。
「聖なる光よ 彼の者の魂を護れ 女神ドラセナの名において 幸福と安らぎを与えよ」
リリーが両手を握りながらそう唱えると、ルベルの身体は美しい光に包まれた。
「これは?」
「神聖魔法で加護を授けました。聖職者だけが扱える特別な魔法です。あのオーラに対して、どれほど効果があるかは分かりませんが、少しは役に立つはずです」
「ありがとうございます」
「とんでもありません。私は、聖職者として当たり前のことをしただけです」
とその時、ギイィィィィと教会の扉がゆっくりと開き、見知った男が入ってきた。
「あ! やっぱりここにいたんだ、探したよ」
「ハワードさん! 怪我は大丈夫なんですか?」
「うん。あの後リリーさんに診てもらったんだけど、幸い大きな怪我ではなかったんだ。しばらく痛みはあったけど、治癒してもらって安静にしていたら良くなったよ」
「そうでしたか、良かった」
ハワードの元気そうな姿を見て、ルベルはホッとした。
「村長から聞いたよ。明日この村を発つんだってね。その前に、君と話しておきたくてさ。ほら、村長がみんなで食べてって焼き菓子作っててくれたんだ」
「!······でしたら私、お茶入れてきますね」
リリーはウキウキで炊事場へ向かい、ルベルとハワードは傍にある長椅子に腰掛ける。
「確かに、まだあまり話せてないですね。この村に来てから、バタバタしてたし」
「うん、君のことまだあんまり知れてないなって思って。そもそも、君は何で旅をしているんだい?」
「例の動く魔石を探しています」
「!」
ルベルは事細かに説明した。自分が旅に出ることになった経緯、目的について。
「そっか。危険はあるだろうけど、君の勇気を讃えるよ。お兄さんの無事を祈っている。ただ、言わせてくれ」
ハワードは真剣な表情になって語りだす。そこには恐怖と不安が入り混じっていた。
「今の王都は間違いなく危険だ」
「王都が······危険?」
「前に住んでいたから分かる。依頼が出された時から、王都は物騒だった。騎士団や身分の高い連中が、不自然なほどに慌ただしく動いていたんだ。きっとあれは、単なるお宝探しじゃない。何かもっと、恐ろしいものが潜んでいると感じたよ」
「でも、僕は行かなきゃならない。兄さんが死ぬところを、黙って見ていることなんてできない」
「そうだろうね。僕も君の立場だったら、全く同じ選択をしたと思うよ。あぁそうだ、これ君が持っててくれよ。僕にはもう必要ないからね。」
ハワードは1枚の紙を手渡す。『転移大魔法陣利用許可証』だ。
「いいんですか?」
「構わないよ。王都へ行くというのなら、君が持っていた方がいい。転移魔法陣は各地の主要都市に設置されている。道中で必ず立ち寄るはずだ」
「ありがとうございます。本当に何から何まで」
「いいんだよお礼なんて。ただ······命を落とすことはないようにしてくれ。君は恩人だ」
「分かっています。目的を果たして無事に戻って来たら、旅の土産話をたっぷりとお聞かせします」
「······」
呆然とした。目の前にいる青年からは、恐怖や不安を微塵も感じなかった。すでに覚悟が決まっていて、前を向いて進もうとする強い意志があるのだと、ハワードは悟った。
「楽しみにしてるよ」
「お待たせいたしました。お茶のご用意が······あら? お二人ともどうかされましたか? お静かになられて」
戻ってきたリリーは、キョトンとした顔をしている。
「あーいやいや、別に何ともありませんよ。そうだルベル君、次は君の先生のことを聞かせておくれよ」
「はい、喜んで」
その様子を見たリリーはクスッと笑い、用意したテーブルに紅茶の入ったティーカップを置いた。
そのまま3人は、焼き菓子と紅茶をお供に、日が沈むまで語り明かした。その日、教会から彼らの笑い声が途絶えることはなかった。
*
翌日――
ルベルは準備を整え、村を出立する。ここから、国を縦断するように北へ進み王都を目指すのである。
見送りには村長のポピーを筆頭に大勢の村人が駆けつけていた。
「ありがとう~!」
「元気でな―!」
村人達は、気持ちよく送り出してくれた。彼等へ向け笑顔で手を振り、ゆっくり歩いていく。村から離れた所でも、村人たちの声が微かに聞こえてくる。ちょっと涙が零れそうになったが、こらえて前を向き進み続けた。
少し歩いたところでルベルは立ち止まり、ポケットから1枚の紙切れを取り出す。描かれているのはは、フルバ村周辺の簡易的な地図だ。
「場所はここで合ってるはず······」
すぐ傍には『この先、カメリア』と書かれた看板が立っている。すると、近くの茂みがガサガサと音を立てる。そこから現れたのは良く見知った人物だった。
「ほっ、本当に来たっ!」
「当り前よ。一緒にいるって言ったじゃない」
桃色の髪で、20代前半くらいの背の高い女。間違いない、シャルロットだ。
「本当に付いて来るの?」
「駄目?」
「い、いやいや。その、女の人と旅するって実感が湧かなくて。友達とかもいなかったし」
照れながらそう答えたルベルを、シャルロットは優しく抱擁する。
「あっ······」
「これからよろしくね。ルー君♡」
ルベルの冒険に、新風が吹き始めた。




