第14話 あなたは魅力に満ちている
瓦礫の山から現れたゴーレムは、ゆっくりと歩きながらルベル達の方へと向かう。
ルベルはゴーレムを迎え撃つべく杖を構えフレア・カノーネを放った。火球がゴーレムの胴体に命中するが、表面に少し罅が入る程度で大したダメージにはならず、罅はすぐに修復されてしまった。
「やめておけ。魔力の無駄だ」
「なんで?」
「ゴーレムを倒すには、体内にある核を破壊する必要がある。どれだけ体が壊れようとも核が無事である限り、奴は無限に再生する」
「そんなからくりがあるのか。核の場所は?」
「普通なら胴体にある筈だが......何か違和感を感じる。念のため見ておくか」
アレクサンダーは魔力を両目に集中させゴーレムを凝視する。その目は、ゴーレムの体を隅々まで細かく映し出し内部構造の解析を始めた。
「そう来たか......」
予想外の結果にアレクサンダーは少々驚いていた。探していた核は胴体にはなく、それどころかゴーレムの体内を自在に移動しているのだった。
「奴は、核の場所を動かしている。最初の気配からして只者ではないとは思っていたが、おそらく長生きして賢くなった個体だ。主様の攻撃が胴体に当たったことで警戒心を強めたのだろう」
「なら、あの巨体を飲み込むほどの攻撃じゃなきゃ......」
「......スキ......」
「え?」
突如、聞き慣れない声がルベルの耳に入る。その時、ゴーレムは歩みを止めルベルのことを指差していた。
「シャルロット......オマエ......ゼッタイ......スキ......ツレテク......」
声の正体はゴーレムだった。その巨体に似つかわしくない可愛らしい声で話している。
「喋るゴーレムとは......驚いた」
「今、僕を連れてくって......まさかこのゴーレム、シャルロットの好みを完全に理解してるのか!」
「どうする? 主様よ」
ルベルは少しの沈黙の後、何かを閃いたような顔をした。杖を構えると自分の周囲に無数の小さな火球を出現させた。ラピッド・ファイヤの体勢だ。
「アレクサンダー、この火球1つ1つに風を纏わせることってできる?」
「できるが、それでどうするつもりだ?」
「考えがある」
なんとなくだが、アレクサンダーはルベルの意図を汲み取った。翼をはためかせ風を発生させると、その風で無数にある火球の表面をコーティングし回転させた。
「ラピッド・ファイヤなら一度に全身を攻撃できる。核を移動できるとしても、いつかは捉えられる筈だ!」
「ソレ......アブナイ......ヤメロ」
出現した火球を見て危機感を感じたゴーレムは、両腕を前に突き出すと掌に大きな岩石を形成し、それをルベルへ向けて放った。
「遠距離攻撃っ !?」
迫り来る岩石に焦るルベル。準備したラビッド・ファイヤで破壊しようとしたその時、後方から3本の光の矢が勢いよく飛んできて、空中で岩石を貫き粉砕した。神聖魔法であることから、リリーの攻撃だとすぐに分かった。
岩石を破壊されたことでゴーレムは少し動揺している。
「......モウ......イッパツ......」
ゴーレムは再び岩石を作り出そうとするが、リリーがブライトバインドを発動。ゴーレムの足下に魔法陣が出現した。7本の輝く鎖が飛び出し体をがっちりと拘束する。
「今です!」
リリーが叫ぶ。
「ラピッド・ファイア!」
ルベルがラピッド・ファイアを放つと、無数の小さな火球がゴーレムへと襲いかかる。
ゴーレムは体の正面で両腕をクロスさせた。その体勢のまま真っ直ぐ歩き続ける。
「あのまま距離を詰めるつもりか......どうする? 我が止めるか?」
「いや、このままで良い」
ルベルは、驚くほど冷静だった。この後、ゴーレムがどんな結末を迎えるのかが、全て分かっているかのように。
ゴーレムは臆すること無く、迫りくる小さな火球を全身で受け止める。小さな火球は次々と着弾するが、何故か一向に爆発しない。
「ゴゴ......コンナノ......キカナイ......? ナンダ......コレ !?」
小さな火球は、風のコーティングと回転によって貫通力を得ている。着弾しても弾けることはなく、回転しながらゴーレムの体表をドリルのように削り体内へとめり込んでいく。
体内までめり込んだ火球は、風のコーティングを失い爆発する。ゴーレムの全身の至る所で、次々と火球が爆発し始めた。
「風をあのように使うとは、流石は我が主様よ。あれだけ打ち込まれれば、核も逃げ場を失うだろう」
「フレア・カノーネのダメージを見て、炎魔法の純粋な威力だけで倒すのは無理だと分かった。炎以外で、あの頑丈な体を突破できる力が欲しかったんだ。だから、君の風を使わせて貰った。風の恐ろしさは、もう十分知ってるからね」
「あの小僧か......」
ルベルの脳裏には、風魔法を操る兄ウィオラの顔が浮かんでいた。
ゴーレムの体は至る所に罅が入り、火球の爆発に耐えられなくなっていた。再生も間に合っていないようだ。
「さて、そろそろ核が姿を現わす筈だが......」
体を形成していた岩石が次々と地面に落ちていく。ゴーレムは足を止め地面に片膝を着いた。胴体からは核の一部分が露出し輝いている。ゴーレムは、崩壊寸前の所まで追い詰められていた。
とどめを指すべく、ルベルは杖を構えて露出した核に狙いを定める。
「待て! ゴーレムが何か言っているぞ」
「ゴゴ......コウサン......マダ......シニタクナイ......」
「まだ死にたくないって言ってるね」
「だが、本心であるかは分からん。確かめる必要があるな」
ルベルは警戒しながらも、アレクサンダーと共にゴーレムの元へ向かう。ゴーレムは、ルベルが近付いてきてもピクリとも動かない。
「君、シャルロットのペットか何か?」
「......シャルロット......ヒロワレタ......イチバン......ダイジ......ハナレタクナイ」
「本当にもう戦う気は無いの?」
「モウ......タタカワナイ.......オマエ......ツヨイ......」
ゴーレムは崩壊仕掛けている右腕で、シャルロットの方を指差す。
「シャルロット.......シンパイ......」
そう言い残したゴーレムの体は、完全に崩壊し活動を停止した。崩れ去る岩石と共に、ルベルの足下に核が転がってくる。核は既に、輝きを失っていた。
「ねぇ、これって......」
「死んだわけではない。戦意を失い魔力を消耗したことで、休眠状態に入ったのだろう。魔力が回復すれば、また岩石を纏って動き出す。心配は無用だ」
「ならよかった。それじゃあ、後は......」
ルベルは、シャルロットの方へ目を向ける。シャルロットは無言のまま、両手で顔を覆い隠してしゃがんでいた。
「アレクサンダー、君は戻ってくれ」
「よいのか? あの女、敵の頭であろう?」
「いいんだ。多分もう、戦わないと思うから」
「ならば、しばらく休ませて貰おう。我も疲れが溜まっているからな」
アレクサンダーは大欠伸をしながら地面に降り立つ。同時に魔法陣が出現した。
「君、昨日の昼間も欠伸してたよね? まだ疲れとれてないの?」
「ああ、あの時は長時間飛行した直後の戦闘だったからな。眠気と疲労で限界が来ていた。それに、あの時点では契約を結んでいなかったので、我の独断で戻らせて貰った」
「そうだったんだ。ごめんね、無理させて」
「別に構わん。こうして契約を結んだ以上、主様に来いと言われれば地の果てまで飛んでいくつもりだ。必要になれば、またいつでも呼ぶがいいさ」
「ありがとう」
アレクサンダーは自ら魔法陣に入って消えていった。その最中彼のお腹が鳴る音が聞こえた。どうやら空腹でもあるらしい。音を聞いたルベルはクスッと笑い、シャルロット元へ歩き出した。
「ルベルくーん!」
ハワードとリリーが安堵した顔で駆け寄ってくる。
「良かったよ無事で」
「いえ。ハワードさんが召喚魔法を教えてくれたおかげです」
「全て君の実力だよ。咄嗟に思いついたことだったけど、うまくいって良かった」
「ルベルさん、シャルロットは......」
リリーは心配そうに尋ねる。
「それなんですけど、ここからは僕1人でやらせて貰えませんか?」
「え?」
「彼女には僕を攻撃する意志はありません。ゴーレムも倒して、下っ端もしばらく目を覚まさないと思いますし......」
「確かにそうだけど、本当に大丈夫なのかい?」
「ええ。もう彼女は、僕じゃなきゃまともに口を利いてくれないと思います」
「......分かった。君に任せるよ。根拠は無いけど、君ならどうにかしてくれそうな気がする」
「ありがとうございます。お二人は、団長さんを連れて村へ戻っていて下さい」
「うん。戻ったらすぐに村の人達にこの件を報告するよ。君もなるべく早く戻ってきてくれ」
2人は負傷したダスティンを連れて、村へと戻っていった。
*
3人が戻った後のアジトは静寂に包まれていた。意識があるのはルベルとシャルロットの2人のみ。ルベルはシャルロットの側まで来て話しかける。
「終わったよ」
シャルロットはゆっくりと顔を上げる。少し眠たそうな顔をしているが、ルベルの顔を見た途端笑顔になった。
「!......そっか、皆アタシの為に......」
シャルロットは周囲を見渡す。倒れている下っ端の姿と、崩れたゴーレムの体を見て申し訳ない気持ちになっていた。
「これ、大事なものだよね?」
「.......あっ! ありがとう」
シャルロットは立ち上がり、ゴーレムの核を受け取った。核を大事そうに持ちポケットへしまう。
「さっきの答え、考えてくれた?
「うん。少し、考えて見たんだけど......」
ルベルは心臓の上に手を当てる。
「さっきの告白、受け入れようと思う」
「え? じゃ、じゃあ」
シャルロットは目を見開いた。良い返事を期待する一方で、悪事を働いたという自覚があったためか、断られるだろうと思っていたのだ。
「一緒に,......いてくれるってこと?」
シャルロットは、声を震わせながら問いかける。
「尊敬してる人がいるんだ」
「?」
「その人はいつも優しくて、どうしようもない僕をずっと気に掛けてくれていた。僕だけじゃなく、誰に対しても優しく接している」
「......」
「でも、ただ笑顔を振りまくだけじゃない。誰かが危険なことや間違ったことをしていたら、すぐに止めて正してくれる人だ。その人と共に過ごすうちに、自分もそういう人になれたら良いなと思うようになった」
「どういうこと?......」
「気付いたんだ。目の前に間違ったことをしている人がいたら、ただ叱るんじゃなく正しい道を教えてあげる。それが本当の優しさなんだって」
ルベルはシャルロットの目を見ながら続ける。シャルロットの目からは涙が溢れそうになっていた。
「村でハワードさんを攫ってそこから去る時、僕のことを悲しい目で見つめていたのを思い出した。理由はよく分からないけど、あなたには僕が必要な気がした。だから......」
ルベルは優しくシャルロットの手を握った。
「これ以上道を踏み外さないよう、僕が一緒にいる。間違えたらその度に正す。あの人が、僕を見放さずずっと傍にいてくれたように」
シャルロットは目から大粒の涙をこぼし、地面に両膝を突いた。その瞬間、シャルロットの脳内にある言葉がよぎった。
『良いところを肯定し、悪いところは指摘し正してくれる者に出会え。そうでなくては、お前はまともに生きられないだろう』
(声を掛けたのは......間違いじゃなかった。やっと見つけたよ、お父さん......)
その言葉は、彼女の記憶に深く刻まれている。思い出したくなくても、思い出してしまう。彼女の記憶の奥底にずっと在り続けた『愛と失敗の記憶』。




