第13話 顕現
その時起こった出来事に、ルベルは頭が追いついていなかった。心臓の鼓動があり得ないほど速くなっている。彼の耳が腐っていなければ、シャルロットは間違いなく『君が大好き。ずっと一緒にいたい』と言った。
「そっ......そんな......僕が、好き? なっ......何を、言って......」
ルベルは動揺を隠せない。まさか、自分が異性から告白される日か来るとは夢にも思わなかったのだ。
シャルロットのルベルに対する愛は、頂点に達していた。ルベルの背中へ手を回し優しく抱きしめる。ルベルは余計に緊張し、体が小刻みに震え始める。
「君ね、アタシが好きだった子によく似てるんだ。年は違うけど、顔つきも、雰囲気も、時折見せる表情も全部その子にそっくり。もう、君のことしか考えられない」
「だっ......だから僕を」
ルベルは早くハワードを助けなければと思いつつも、シャルロットの思いを無碍にしたくないという気持ちもあり、葛藤している。
「アタシ、君になら身も心も全部捧げられるよ♥ 家事も戦闘もお金稼ぎも、君の為って思ったら全部頑張れる。どう? お姉さんと一緒に来てくれる?」
シャルロットの言葉と優しい抱擁に母のような温もりを感じた。ルベルの母親は、彼が赤ん坊の頃に病気で他界している。ルベルは母の愛情を知らずにここまで育ってきたので、シャルロットの抱擁をとても心地よく感じていた。吸い込まれるように全身から力が抜けていき、ゆっくりと目を閉じ始める。
(あぁ、もうこのまま......)
しかし、1人の男がそれを許さなかった。
「ルベル君っ!」
「!」
突如、大声が響きルベルは我に返る。大声の聞こえた方向には、縄で縛られたハワードがいた。
「その女に惑わされては駄目だ! 冷静になってくれ。 昨日、僕を助けてくれたように!」
「おいてめぇ! 誰が喋っていいと......」
「うおおおおおおっ!」
自分を押さえつけようとしてきたヒョロガリの下っ端に対し、ハワードはタックルをして撥ね除けルベルの方へと走り始めた。
(ハワードさん......そうだ、僕は何をやっているんだ。ここに来た目的は、この人の救出だというのに! でも......やっぱり)
ハワードの声で目を覚ましたものの、先程までの葛藤が消えることは無かった。
「野郎、止まりやがれえええっ!」
1人の下っ端が、走るハワードに1本の矢を放つ。矢はまっすぐに伸びていき、彼の右太腿に命中した。
「うっ!」
右太腿に刺すような痛みが走り、ハワードは転んでしまった。
「ハワードさんっ!......えっと、ごめん」
ルベルはシャルロットを優しく抱きしめ返した。
「へっ?」
「アンタは僕の敵だ。村の人達を傷つけたから、本当は倒さなきゃいけない。けど僕、女の人に告白されたのなんて初めてなんだ。アンタの思いを踏みにじりたくない。今もどうするべきなのか分からなくて、心臓がドキドキしてる」
ルベルは照れながら話し続ける。
「あっ、あっ......」
「さっき、言ってたよね? 僕の為なら何でも出来るって」
「う、うん」
「この戦いが終わるまで、何もせずここで待っててほしい。僕があいつらにやられたら、そのまま僕を連れてって構わない。逆に僕があいつらを倒したら、僕の思いをしっかり聞いてほしい。その時までにはしっかり答えを出すから!」
ルベルの言葉、表情、仕草がシャルロットの脳を破壊した。このままルベルを自分の物にできるだろうと、余裕をかましていたシャルロット。予想外の方法で、ルベルにカウンターを喰らわされてしまった。
ルベルはシャルロットから手を離して、すぐさまハワードの元に駆け寄る。
「ハワードさん! すいません、僕のせいで」
「大丈夫......それよりも、君が正気を取り戻してくれて良かった」
ハワードは歯を食いしばりながら、右太腿に刺さった矢を引っこ抜き放り捨てる。
「聞いてくれ。ついさっき、この状況を乗り越える良い策を思いついたんだ」
「良い策?」
「うん。昨日、君が連れていたあの鷲をここへ呼ぶんだ」
「呼ぶって一体どうやって?」
「あれは『召喚魔法』によって呼び出すことの出来る、『ガーディアン』だよ」
「!」
『召喚魔法』
モンスターや精霊などを呼び出し、使役することができる魔法。呼び出されたものは『ガーディアン』と呼ばれ、魔力があれば誰でも使用可能である。召喚した際に契約を結べば、その後はいつでも召喚できるようになる。
「でも僕、呼び出したことなんて一度も......そもそも、向こうから勝手に出て来て」
「それは契約を結んでいないからだ。でなければカーディアンは従ってくれない。それに、勝手に出てくるということは、あの鷲は既に君を主として認めているんだと思うよ」
「!......その、契約を結ぶには?」
「簡単だ。名を与えて、それを呼んであげればいい」
「おいおいおいおい! やってくれたなぁ? クソ眼鏡!」
と怒りの籠もった声が聞こえてきた。2人が声の方を向くと、下っ端達が武器を手に取り戦闘態勢に入っている。その数総勢50人。ルベル1人では対処が厳しい数だ。
「あと少しでそのガキが姉御のものになるところだったってのに、てめぇが水差したせいでせっかくの良い雰囲気が台無しじゃねぇか! 見ろ!」
下っ端のリーダー格の男がルベルの背後を指差すと、そこには地面に座り込み顔を両手で覆ったシャルロットの姿があった。
(どうしよう、どうしよう......せっかく思いを伝えたのに、答えを聞けなかった。でも、あんな可愛い顔で言われたら、待つしかないっ......!)
(うわあああああ......やっぱりまずかったか? さっきの時点で答えを出すべきだったか? いや、でも今はハワードさんを守らないと......)
ルベルはシャルロットの姿を見て、自分の行動を若干後悔するがすぐに気持ちを切り替えた。下っ端達は戦闘モードに入っている。
「姉御の幸せは俺達の幸せ、姉御の不幸は俺達の不幸! 俺達は盗賊だ。欲しいもんは力ずくで奪う! 姉御が動けねぇ今、俺達の出番だ! 野郎共行くぞぉー!」
「うおおおおおおっー!」
下っ端達が大声を上げ、一斉にルベルの方へ向かってくる。
「ルベル君、準備を!」
「あっ、はい!」
ルベルは杖を構え、脳内であの鷲の姿を思い出しながら願いを込める。すると、彼の背後に大きな魔法陣が出現した。
しかし、下っ端達が2人の元へ無数の矢を放っていた。矢は弧を描き雨のように降り注いでくる。ルベルは召喚魔法を中断して、防御魔法を発動しようとするが、どこからともなくドームの防御壁が出現し無数の矢から2人を守った。
「ルベルさんは魔法に集中して下さい。それまでは私が守ります!」
声に反応し2人が後ろを振り向くと、そこにはリリーの姿があった。リリーが咄嗟に防御魔法を展開したようだ。
「リリーさん!」
「1度戦意を失いましたが、ハワードさんの行動に勇気を貰いました。こんな戦い、さっさと終わらせましょう!」
「団長さんは?」
「問題ありません。あちらに」
リリーが指を指した方向には、木の幹にもたれ掛かるダスティンの姿があった。既に止血と治療は済んでいるようだ。
「敵の意識があなた方に向いている隙に、こっそりと団長さんを運んで治療しました。こちらは大丈夫です。ルベルさんは目の前の敵に集中を!」
ダスティンは既に意識を取り戻しており、会話が聞こえたのかルベルの方を見て、ニコリと微笑み親指を立てた。
それに対しルベルは笑顔で頷いた。ダスティンが『頑張れ』と言っているような気がして、心から鼓舞された。そして召喚魔法の発動を再会する。
「煌めく羽が天を裂く
古の旋律が空を巡り 暴風纏いて静寂を切る
風を従えし神影は 遠天の涯より顕現す
永劫の眼差しは真理を見通し 光明の鉤爪は罪を断つ
穢れを拒み 理の殻を砕け」
詠唱により魔法陣は強く輝きだし、旋風が巻き起こった。
「我は汝に名を授ける! 名は『アレクサンダー』。我を守護し、迫り来る外敵を悉く討ち滅ぼせ!」
『承知した』
その声と共に、瞳が光り取り巻く旋風が消えその姿が露わになる。水晶のような美しい目と鋭利な鉤爪を持ち、大きな翼を広げ羽ばたいている。高さは2メートル程度で頭部は白い羽毛、それ以外は黒い羽毛に覆われている。その身は煌めき魔力が溢れ、傍にいるだけでもの凄いパワーを感じた。
「昨日とは違う、もの凄い気迫......契約を結んだことで真の力を解放したのか! 凄い、まるで神話の......」
姿を見たハワードが感嘆の声を上げる。
「ようやく名を授けてくれたか。待ちわびたぞ、我が主様よ」
アレクサンダーは深みのある、低く落ち着いた声で話した。
「しゃ、喋った......」
「我らガーディアンは、主と契約を結ぶと意思疎通が可能になる。」
「また協力してくれるか? 昨日の昼間のように」
「そのために呼んだのだろう? 主の頼みを断るなど笑止千万!」
アレクサンダーはルベルと目を合わせた後戦闘態勢に入る。召喚の様子を見ていた下っ端達は、驚きはしたもののその勢いが止まる様子はなかった。
「お、おい。まさかあれが、昨日言ってたあのガキが連れてるっていう怪鳥か?」
「ああ、あれだ! 間違いねえ」
「このタイミング出てくるとはな......だが、鳥1羽で戦意を失うほどヤワじゃねぇ!」
下っ端達は恐れずに突っ込んでくる。みるみるうちにルベル達との距離は縮まっていった。
「頼んだ!」
アレクサンダーが目を光らせると、下っ端達を地面から掬い上げるように竜巻が発生した。竜巻は周囲の下っ端達を吸い込み1箇所に集める。吸い込まれた彼等は宙に舞い上げられた後、落下し地面に叩き付けられていった。
「ぐえっ!」
「ぎゃっ!」
「さぁ、これでやりやすくなったろう」
「ありがとう」
ルベルは杖を構え詠唱を始める。
「天より授かりし赫き灯火 暗夜を霽らす焔の火光 我が内に在りし業火よ 心奥より湧き上がり 炎塊となりて 行く手を阻む障壁を 灰も残さず撃砕せよ フレア・カノーネ(業火炮)!」
詠唱と同時に、炎が杖の先端に集中し大きな火球が形成され、倒れた下っ端達の元へ放たれた。着弾の衝撃で、ボンッ! と大きな音を立て爆ぜる。この一撃で、50人中48人を撃破。下っ端は残り2人となった。
「助かったよ、アレクサンダー......あれ? どうかした?」
アレクサンダーはルベルの方を見ず、下っ端達の背後にある廃墟となった屋敷を見ていた。
「どうやら、喜ぶのはまだ早いかもしれんぞ。我が主様よ」
「?」
アレクサンダーは既に異変を察知していた。気になってルベルも廃墟の方に目をやると、残った2人の下っ端達が廃墟の中へ入っていく姿が見えた。
「畜生ッ、まさか俺達だけになっちまうとは。だが運が良い。竜巻が起こる前に、後ろに下がって木にしがみついてた甲斐があったぜ」
「もう、”アイツ”呼ぶしかねぇよな?」
「ああ、姉御が戦えねぇ以上俺らじゃどうにもならねぇ。姉御に呼び方聞いといて正解だったぜ」
と下っ端の1人が大きなハンマーで廃墟の床を思い切り叩いた。1階の床は石造りになっていて、ゴオォン! とても鈍い音が鳴り響く。
「やり方、これで合ってるよな?」
「その筈だが......」
その時、”ゴゴゴゴゴ” という音と共に廃墟が揺れ罅が入り始めた。
「うおおおっ! やべぇ、離れろォ――――ッ!」
2人の下っ端は大慌てで廃墟から脱出する。
「何だ? アイツら、一体何をしたんだ?」
「あの廃墟から、何やら強い気配を感じる。只者ではないようだが」
罅が全体に行き渡り、廃墟は倒壊を始めた。瓦礫が崩れ落ち土煙が舞う中、瓦礫の山から一本の大きな手が飛び出し掌が地面に着く。その衝撃で2人の下っ端はふっ飛ばされてしまった。そして、瓦礫の山の中から大きな人型の物体が姿を現わし、ゆっくりと立ち上がった。
「ハワードさん、あれって......」
それは全身が土と岩石で構成されている人型の物体。アレクサンダーの倍以上の大きさをしており、体の表面には廃墟の瓦礫を纏っている。
「間違いない、ゴーレムだ!」
ゴーレムはルベル達の姿を見て、ゆっくりと歩き始める。どうやら敵と認識したようだ。
「ハワードさんは安全な場所へ。ここは危険です」
「分かった」
ハワードは大急ぎでダスティンとリリーのいる後方へ下がった。
「アレクサンダー、やれるか?」
「動く石ころなんぞ、どうということはない!」
ルベルとアレクサンダーは戦闘態勢に入る。2人の表情に一切の曇りはなく、自分たちならば勝てるという圧倒的な自信があった。
後方にいるハワード達は心配そうに見守り、シャルロットは胸を高鳴らせながらルベルに釘付けになっていた。