第12話 蹂躙
フルバ村のすぐ側にある『マダキの森』。その最深部に盗賊団桃色の棘のアジトがある。
最深部の少し開けた場所にある、廃墟となった屋敷がアジトとして使われていた。夜なのもあり、アジトの周囲には火が灯されている。外では下っ端達が地べたに座ってたき火を囲み、酒を飲みながら談笑している。
「なぁなぁ、もし俺たちが動く魔石を見つけられたら、何を褒美に貰う?」
「俺は公爵に取り立てて貰って、何不自由無い暮らしがしてぇなぁ~」
『公爵』とは貴族の最高位であり、王家の親戚や何らかの形で王家に貢献した者に与えられる爵位である。公爵は国王に次ぐ権力を持ちながら広大な土地を有し、貴族の中で唯一王都に住むことを許されている。
「公爵か.......なれたら最高なんだろうが、あんまりいい話は聞かねぇな。権力を笠に好き勝手やってるヤツが多いと聞く。今回の魔石探しにも、公爵家の連中が関わってるって噂を小耳にはさんだ。悪いことは言わねえ、公爵なんぞにはならねぇ方がいいと思うぜ」
「おいおい人の夢を潰すんじゃねぇ。さては、俺が公爵になるのが妬ましいんだな?」
「待て兄弟、俺はお前の身を案じてやってんだよ!」
「余計なお世話だ。生意気なこと言ってんじゃあねぇぞ豚野郎!」
2人の下っ端が互いの胸ぐらを掴み、一触即発の状況となった。2人とも大分酒が回っているようだ。
「豚はお前だ! この前、姉御に鞭でしごかれて喜んでたじゃねぇか!」
「言いやがったなテメェ。 覚悟は出来てんだろうな?」
「上等だ。やってみろ!」
「おっ、いいぞやれやれ~」
「皆集まれ―、 豚同士の殴り合いが始まるぞ~! ギャハハハハハッ!」
そんな下らない会話で盛り上がっている下っ端達を、シャルロットが廃墟の入り口から見つめていた。その傍らには、意識を取り戻し縄で縛られたハワードが座っていた。既に爆弾は取り外されている。
「お前は何を考えている?」
「......」
「ずっと疑問だった。お前の力なら昨日の昼間遭遇した時点で、許可証を奪いルベル君を攫うことくらい簡単にできた筈だ。何故こんなマネをする?」
「アンタがそれを知って何になるの? 余計なこと考えてないで黙ってなさい。それに......」
シャルロットは1枚の紙を取り出しハワードに見せた。それは『転移大魔法陣利用許可証』だった。
「!」
「もうこれは私の物。あとはあの子が来れば全部終わり。アンタはおとなしくしていればいいの」
シャルロットの表情はピクリとも動かず、人形のようにまっすぐ前を向いたままそう言い放った。何かに集中しているのか、ただぼーっとしているだけなのかよく分からない顔だった。
数分後、一部の下っ端達がザワつき始めた。何かに気付いたらしい。入り口には3つの人影があった。大柄な剣士の男、杖を持った魔法士の青年、修道服を着た若い女。ルベル達がやって来たのだ。
「フフッ、いらっしゃい♥」
「団長さん! それにリリーさん、ルベル君まで.......」
ルベル達の姿を見た途端、シャルットはやる気に満ちあふれた顔になり立ち上がった。母の手料理を待っていた子供のように、その声には嬉しさが滲み出ていた。隣にいたハワードもその声を聞いただけで、シャルロットの感情を汲み取ることができた。
「へへへっ、来やがったな。どうしやすか姉御?」
「アンタ達は下がってて。私が行くわ」
下っ端達が道を空ける。シャルロットはルベル達の元へ歩いていき、その後ろを縄で縛られたハワードが下っ端に連れられて歩く。
「来てくれて嬉しいわ。早速だけど取引よ。この眼鏡はそっちに返すから、代わりにルベルちゃんをこっちへ頂戴」
「ハワードさん! 良かった......」
リリーはハワードの無事を確認し、胸に手を当て一安心した。
「おい! 学者先生に何もしてねぇだろうな?」
「ええ。見ての通り無事よ。約束通り来てくれたから爆弾も外したわ」
「そうか。分かった......」
そう言うとダスティンは、ゆっくりと剣を抜いて切っ先をシャルロットの方へ向けた。
「それは、どういうつもり?」
「確かに、俺たちは言われた通りここに来たが、取引に応じるとは言ってねぇぜ」
「私達の目的は、ハワードさんを救出しルベルさんを渡さないこと。そして、あなた達を1人残らずこの村から追い出すことです!」
「そう......そーゆー感じね」
シャルロットは、大きく深呼吸をし魔力で身体強化を行う。それによって放たれる凄まじい気迫に3人は気圧されてしまった。
「そっちがその気なら、力ずくで奪うまでよ! 1度欲しいと願ったものは何としてでも手に入れる。それが私の人生哲学。あ、ルベルちゃんには攻撃しないから安心してね♥」
「姉御! 俺たちも一緒に......」
「どーせアンタ達じゃ歯が立たないわ。私一人でやるから、そこの眼鏡が余計なことしないように見張ってなさい」
シャルロットの様子を見たダスティンは愕然とした。昨日、戦った時とは別人のようだったからだ。
「コイツ、昨日は手を抜いてやがったのか......だが、負けるわけにはいかねぇ! 俺が前衛でルベルが後衛、リリーちゃんは俺達のサポート。これでいいよな?」
「はい!」
「サポートはお任せ下さい!」
ダスティンの指示を皮切りに、3人は各々武器を構え戦闘態勢に入った。
ダスティンも負けじと魔力で身体強化を行う。彼が軽傷で戻れたのは、シャルロットが本気を出していなかったことと、身体強化で身を守ることが出来たからである。
シャルロットも腰に装備している短剣を抜いた。
「短剣!? 鞭じゃないのか?」
「あの女にとって鞭はただの遊び道具だ。戦うときはいつもあの短剣を使う」
次の瞬間、3人の視界からシャルロットが消えた。気付けばダスティンの目の前まで距離を詰め、彼の首めがけて短剣を突き刺そうとする。その動きにギリギリで反応するダスティンは、首元に迫る刃先を剣身で止めることに成功した。
(こっ、こいつ速い! それに、なんだこの力は......少しでも手を緩めたら首を貫かれるっ!)
シャルロットの力は想像以上だった。魔力による身体強化は、使い手の練度によって強化の幅・持続時間・精度が変わる。ダスティンが置かれている状況は、両者の身体強化の練度に圧倒的な差があることを示していた。
シャルロットは刃先を剣身から放すと、左足でダスティンの右太腿に蹴りを入れる。とてつもない衝撃が走り、ダスティンは右足に力が入らなくなりバランスを崩してしまう。その隙を逃さず、シャルロットは短剣を左腹部に突き刺さした。
「クソッ、2人共......すまねぇ......」
表情を歪ませた後、ダスティンは気を失いその場に倒れた。
「そんな......」
「団長さん!」
ダスティンが倒れ下っ端達は歓声を上げる。下っ端達はシャルロットの殺戮ショーでも見ている感覚なのだろう。守ってくれるダスティンがいなくなったことで2人はかなり焦り始める。シャルロットは次の標的に狙いを定めている。その視線はリリーの方を向いていた。
「さて次は......」
「リリーさん危ない!」
それを察したルベルは、リリーを守ろうとするが時既に遅し。シャルロットはリリーへと迫り攻撃を仕掛けようとしていた。
焦ったリリーは咄嗟に杖を構える。
「聖なる鎖 天使の光輪 その輝きが汝を縛る 『ブライトバインド(天光束縛)』!」
「!」
リリーが使ったのは『神聖魔法』。女神の力から賜った『聖なる光』を生み出し操ることが出来る魔法で、基本は聖職者しか使うことが出来ないが、女神を信仰してさえいれば聖職者から伝授して貰い習得することが可能。練度だけなく信仰心が強さに影響する魔法だ。
詠唱が終わると、シャルロットの足下に魔法陣が出現し、そこから7本の鎖が伸びてきて瞬時にシャルロットを捉える。
「ルベルさん、今です!」
それに反応したルベルは、杖を構えて身動きがとれないシャルロットに向け魔法を放つ。
「フレア・カノーネ(業火炮)!」
詠唱無しで即座にフレア・カノーネを放つが、シャルロットは全く臆さず鎖を引き千切って、拘束を解きフレア・カノーネを回避してしまった。
「!」
「残念♥」
リリーはすぐに防御魔法を展開しようとするが、シャルロットのスピードが速すぎて間に合わない。気付けば至近距離まで詰め寄られ、地面に押し倒されていた。
「ぐっ!......」
シャルロットはリリーを上から抑え付け、喉元に短刀を突きつける。戦闘経験が乏しく非力なリリーにはどうすることも出来なかった。
「はい、アタシの勝ち。ルベルちゃんは貰っていくわね」
「何を言っているんですか、戦いはまだ......うっ!」
シャルロットは杖を握っているリリーの右手を、思い切り足で地面に押さえつけた。さらにナイフを一本取り出し、リリーの顔の真横に勢いよく突き刺す。
「いくらルベルちゃんが強くたって、アタシには勝てやしないわ。昨日の自警団の奴らみたいになりたくなかったら、さっさと村に帰って女神様にお祈りでもしてなさい」
シャルロットの圧に負け、リリーは戦意喪失してしまった。
(僕は......なんて不甲斐ないんだ)
戦いの様子を見ていたハワードは涙をこぼしている。
「どうした眼鏡? 怖くて泣いちまったか? ギャハハハハ!」
(いつもそうだ。僕は誰かに助けられてばかりだ。僕が危機を脱することは出来ても、助けてくれた人達は皆苦しんでいく。この村の人達も、皆必死で僕を助けてくれる。僕は何も出来ていないというのに......)
ハワードは何も出来ない自分に嫌気がさしていた。ダスティンとリリーがやられ、恩人であるルベルは完全に孤立しシャルロットの手に渡ろうとしている。
(このまま何もしないでいたら、皆の人生がめちゃくちゃになってしまう。そうなる前に何かしなくては! 何をする? 何が出来る? 考えろハワード! お前は腐っても学者だ。 それなりに頭は回るのだから......)
ハワードは状況をルベルの方を見る。ルベルは頭を抱えながら打開策を考えていた。味方を2人もやられ、かなり焦っているようだ。
(強すぎる......僕1人でどうにか出来るのか? 下っ端はどうにかできても、シャルロットがいる限りハワードさんの救出はほぼ不可能。どうすればいい?)
「なーにしてるの?」
すぐ側から声が聞こえたので、前を向くとシャルロットが立っていた。にっこりと微笑みルベルのことを見つめている。
「――ッ!」
「怖がらなくていいわ。何もしないから大丈夫♥」
「何で、ここまで僕にこだわる? 昨日会ったばかりじゃないか!」
「ウフフ。知りたい? それはね~」
「――――。」
「えっ?」
予想だにしなかった言葉が飛び出し、ルベルは頬を赤らめ激しく動揺した。シャルロットはスッキリしたよう顔をしていた。
(そうか......あれなら! 間違いなく状況をひっくり返せる。おそらくルベル君はまだ知らない。あの鷲の正体を!)
打開策を思いついたハワードはルベルの方を見ながら呟く。
「このままでは終わらせない。最後に笑うのは僕達だ」