プロローグ
デルフェニウム王国南部。フロース領の緑豊かな農村。その一角に一際目立つ大きな屋敷があった。屋敷の主は、長きに渡りフロース領を統治している貴族である。
そんな屋敷へ一台の馬車が向かって来ていた。馬車には所々に美しい装飾が施されており、御者も上品な格好をしていた。中に乗っている人間は、それなりに身分の高いものであることが伺える。
馬車が屋敷の前へ到着すると、御者が扉を開け中から1人の男が降りてきた。男は長身で白髪。髪を後ろで束ねており、丸い眼鏡をかけている。いかにも賢そうな雰囲気を纏っていた。
「ようやくこの日がやってきた。会うのは何年ぶりだろうか? 元気でいてくれていると嬉しいんだが...」
男が屋敷の門の前でそう呟いていると、門が開き中から黒髪で色白の青年が出てきた。
一見どこにでもいそうなごく普通の青年だが、顔にはどんよりとした表情が浮かんでいた。
目には光が無く、生きることを諦めたかのような顔であった。
「.......」
青年は男の顔を見ても言葉を発さなかった。
「初めまして。私はサルバス・ガラニチカ。魔法の研究をしている者だ。アクイレギア卿にお会いするために、遥々王都からやってきた」
サルバスと名乗る男は、青年の表情を見ても一切動揺せず笑顔で話し始めた。すると、青年が気の抜けた声で
「あぁ...父から聞きました。...近々王都から古い友人が訪ねてくると。...あなたが父のご友人ってこと...ですよね?」
と尋ねた。
「ああ、私がその友人だ。とても重要な話があってね。」
サルバスは、笑顔且つ穏やかな口調で青年の質問に答えた。青年はサルバスの表情と話し方で、怪しい人間ではないことを確信した。
「ところで君は?」
「僕はーー」
これは剣と魔法の世界に生まれた1人の青年が、迫り来る最悪の未来を回避するために足掻く物語である。夢も希望もない青年の人生は、サルバスという男との出会いによって大きく動き出す。青年はどのように足掻くのだろうか? そして足掻き続けた先に、どんな未来が待っているのだろうか?
青年の名は「ルベル・アクイレギア」
これからその軌跡を辿っていくとしよう。