2個目 顔面クリームパン
とりあえず、顔面にクリームパンを投げつけてやった。
年齢を重ねたことで身体機能は以前よりも衰えてしまったが、握力や腕力は健在のようだ。
呼吸を整えて、優男は床に落ちたクリームパンを拾う。
今では不審者おじさんへと変身してしまった優男も、かつては砲丸投げの選手を目指して青春時代を駆け抜けた男だ。
全力で投げれば、それなりのスピードは出る。
彼女の綺麗な顔へ直撃したクリームパンも、なかなかの速度で飛んでいった。
「お嬢ちゃん。大丈夫かい?」
紳士な声を作り、女性に手を差し伸べる。
「……ほんと、最悪……もうやだ……」
今にも泣きそうな声を漏らし、彼女は顔についたクリームを拭う。
それはまるで、涙を拭う仕草にも見えた。
ああ、可哀想に。きっと痛い思いをしたのだろう。
誰がそんな酷いことを。
優男は左手に持つ拾ったクリームパンを、全力で握りつぶした。
そして、もう一度彼女に声をかける。
「怪我は無いかい? 怖かったね」
「……やだ、来ないで」
怯えながら、彼女は優男から距離を取る。
クリームパンを顔面に投げつけられた女性と、まるで他人事のように心配する優男。
二人は五分前に出会ったばかり。
今日が初対面なのだ。
「うむ。ところで君、名前を教えて貰えるかな?」
「……嫌です」
「そうか。私は猿鬼川 優男、五十七歳。このメイドカフェのバイトリーダーだ」
「え……」
「若くてすまん」
「思ってません……というか、ここのスタッフさんなんですか?」
「いかにも。それで、君は?」
「アルバイトの面接に来た笹川です……」
「笹川さん。店長からは話を聞いているよ。ただ、その汚れた格好で面接を受けるのはどうかと思うがね」
「誰のせいですか!? いきなりクリームパンを投げてきたのはあなたでしょ!」
「怪しい動きをする奴を見つけたらクリームパンを投げろ。学校でそう教わったじゃないか」
「教わってません!そんな偏った教育を受けてないです」
「おい。それでは私が非常識な人間みたいじゃないか」
「はい。そう言ってます」
「もう一つ投げつけようか、小娘」
「や、やめてっ」
「ふがはははっ!! ふふふんっ。さて、面接を始めようか」
高笑いから真面目な声へ。
優男は椅子に腰掛ける。
「い、一緒に働きたくないので、失礼します!」
笹川という綺麗な顔をした少女は、逃げ出すように店を出て行ってしまった。
残されたは優男、履歴書に目を向ける。
「お、近所なんだぁ」
笹川さん。魅惑の生娘だった--