ぼくの一世一代の大舞台
やっちゃったな。
ぼくはそう確信する。
何だよいきなり推理小説って。文学少女?とは違うな。痛いよ君。新部活設立勧誘?1年生が?それともぼくの読みが外れてこの人は3年生だったとか?しかしなぜ2年生の教室で勧誘?1年生の教室と間違えたか?それもっと痛いじゃん。つーか3年なら大学受験だろが、勉強しろよ。いや、勧誘じゃなくて個人的な相談?なぜに推理小説の知識が必要?ネットで調べりゃいいじゃない。なんにせよ疑問は沢山。
でもただ一つ分かること。
教室の中は見えないけれど、静まり返った教室。
ぼくが一番苦手な局面、白けきった教室。
心臓のあたりが冷たくなる。
どうしよう。教室は入れないよこの状況。どうし「「「はい!」」」
・・・この教室に推理小説好きの男子はぼくだけの筈だけど? 何今の大勢の男子の声?
百聞は一見に如かず。ちょっと意味違うけどいいか。教室に入ろう。勇気を持っ「本当ですか?」
どうやら誰もぼくの存在に気づいていない。悲しい哉。全く状況を理解できないのだ。どうなってんの?
「「「本当!本当!」」」
異口同音に同じような事を言ってるようで。まったく嘘つき共が、なんで嘘ついて「ならウィリアム・アイリッシュ作『幻の女』冒頭部分を、日本語と英語でお願いします。余りにも有名ですから、推理小説好きの方なら判ると思います」
……君は協力者にそこまでのクオリティを要求するのかね?君ちょっと横暴すぎない?凄く偉そうだよね?そして返事が聞こえてこないぞ自称推理小説好き男子諸君よ。
ふと、ぼくの微妙な視線に気づいたのか、彼女はこちらを向く。
……ぼくはびっくりしたね。
すげぇ美人。そして白い。ちゃんと紫外線浴びてる?体の周りに保護膜とか張ってんの?
だから静まり返って部活に勧誘されようとしたのか男子諸君。彼女持ちいたよね?お前ら最低だなおい!
なんか美人に見られてるので気まずい。じっと見るなよ。ぼくは注目されるのには慣れてないんですよ。目線を素早くそらす。こーゆうのは得意。そしてぼくは黙って教室に入っ「そこの先輩は分かりますか?」
ああ、この子が一年生だと分かったね。先輩とぼくを呼んでたよ。
というか良く考えると何その無茶振り?君はこのクラスの男子全員で推理小説研究会でも作ってるとでも思ったの?……まぁそー思っても仕方が無い状況だったなさっきは。
おっと忘れてた。ぼくは今教室の前の方、そして皆こっちを見てる。そしてお前なら分かりそうだなと期待の目を向けている。ぼくを抜かして彼女を入れて、(40-1+1)×2=80の瞳……と思ったらまだ来てない人もいるようで、80よりは少ないね。
皆が期待をかけてくれているのは、ぼくが読書家として有名だから。そんでもって図書委員。あんまり関係ないかな?委員会ってのは。
でも君らは気づいていない、ぼくが正しく答えても君らには何の恩恵もないことに。ざまーみろ。普段から本読んでない報いが来たな貴様ら!ぼくがせっかく読書週間の時に皆の前で何冊かの本を薦めるという、ちょいと恥ずかしいことを委員会の命令でしてやったと言うのに!
あ、でもその中に推理小説は入れなかったっけ。
とそんなことを思いつつ、表向きは凄く嫌そうな顔を装う。皆の手前元気一杯で「はい!答えは○○です!」なんて言うわけにもいかないだろ?
しかしこれは……正しく答えれば仲良くなるチャンス!よし!……ん?部活勧誘なら今やってる部活はどうするか?全力で退部届け出すねぼくは。
さて、どうしたものか?ぼくが取るべき選択肢は二つ。
①正答して仲良くなる(チャンスを得る)。ただし顰蹙と嫉妬を買いそう。
②誤答して何も起こらない。皆(というか男子)はちょっとした失望と安心感を覚える。
……①以外ありえないよ。皆も同じ状況だったらそうするだろ?でも一応興味ない感じを演出するため質問をする。
何が?ごめん、聞いてなかった
彼女は『お前聞いてただろ』的な表情を取ってから、
「ウィリアム・アイリッシュ作『幻の女』冒頭部分、日本語かつ英語。」
敬語も外れたねってかそれ単語の羅列だよね。まぁいいけど。というか君本当に偉そうじゃない?何様?ねぇ何様?
さて、そんなことより、ぼくの一世一代の大舞台。場所は教室。観客は皆。少し息を吸い込み、
『The night was young, and so was he. But the night was sweet, and he was sour.』
『夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。』だね?
一気に言い切る。彼女の少し驚いたような顔。ああ、今のぼくは、皆からはとてつもなく嫌な奴に見えるんだろうなぁ。
とりあえず2話分。