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短編、集めました

弱い生き物たち

作者: なおぽん

 自死表現、自傷表現があるため、避けたい方はそっと閉じるなど、対応していただけるようお願いします。なんだか、死に関するものを題材にしがちで、すみません。


「私、人間が生まれることは罪だと思うんだ」

 屋上の扉を開けると、女性が一人目の前に居て、その姿に立ちすくんでいると、彼女から澄み切った声が聞こえた。

「生まれたその瞬間に人間は罪を背負う。その罪は人間が生き続けることでのみ償っていける、と思う。だから、私は生き続ける。君はどう思う?」

 屋上の一段上、あと一歩後ろに下がれば五階の高さから落ちかねないところに立つ彼女はこちらを向きながらそう言った。彼女と僕の距離は約二メートル、彼女の後ろには雲一つない青い空が広がっていた。


 よわい生き物たち


 春の香りがまだ残る季節、学校の屋上で見た彼女はそこにいるけど、いない。彼女は目視できない透明な水のような存在だった。その彼女から生み出される声は繊細だった。春の風が少しでも強く吹けばなくなってしまうのではと思うほどだった。

「そんなことよりー」

 少し大きめな声で話しかけた。

「はいはい、わかってるよー。危ないから降りろでしょ」

 とても軽い声で答えた。



 先生の目を盗んで作った屋上へと続くトビラの鍵をぎゅっと握り、彼女が危なっかしいところから降りるのを見守った。この学校は、屋上に柵はなく、周りを少しだけ段差のついたブロックで囲んだだけの作りになっていた。

 ただ一段、降りるだけなのに。手にした鍵が手のひらに刺さって痛い。

 降りるときに少し強い風が吹き、長く黒い髪がふわっと持ち上がった。スカートは、風に乗せて軽くめくれる。彼女はそれに気にする素振りをみせなかった。


「どうしてこんな所いるんですか?」

 彼女が下りたことを確認し、そう聞いた。僕の手にはいっぱいの汗が滲んでいた。多少の焦りがあったのか、初対面にもかかわらず強い口調で聞いてしまったことに反省した。

「それはこっちのセリフでもあるよ、少年。でも、お姉ちゃんが先に答えてあげる」

 上から目線の彼女に、反論したい気持ちがあったが、今の僕には反論するエネルギーがなかった。

「私さ、最近色々嫌なことがあって、我慢してたものが爆発しちゃった。んで、生きていることが辛くてね、もういっそ死んじゃおうかなって思ってここに立ってたの」

 あそこにに立っている理由なんて少し考えればわかる。どんな言葉が来るなんてわかっていたつもりだったが、いざ聞くと、心の動揺が酷かった。どうして死というのが関連付けられると、人間はこんなにも興奮してしまうのだろう。

「どうせ死ぬならって、風に吹かれながら誰もいない静かな場所に来たかった。そこで沢山のことを考えてたの、死んだら楽になるんだろうな、今考えている私はどこに行くんだろう、死んだらみんなはどう思うんだろうって。そしたらトビラからガチャガチャ音がして、後ろを向いたら、君がいた。ここには誰も来ないと思ってたから、お姉ちゃんびっくりだったよ。もう死ぬ気も失せちゃった」

 色んな方向に視線を動かしたり、歩いたりしながらそこまで語った彼女は急にこちらに体を向け僕の顔、僕の目を見て語り掛けた「君はどうしてここに来たの?」と。

 彼女との距離はもう二十センチメートル程まで縮まっていた。心臓の音がバクバクと、風に乗って伝わりそうだった。

「僕は恥ずかしいことながら、ここに居場所が無くて、一人静かなところで現実逃避したくなって」

「全然恥ずかしいことじゃないよ」

 間髪入れずに彼女は答える。そして、

「なら似た者同士だね」

 と、軽く微笑んだ。

 この先、春を感じさせる香りのする中。こう表現すると少し変態的だが、”僕に向けられたこの微笑み”は一生忘れることは無いのだろうと思った。確証はないがそんな気がした。


***


 コツ、コツ、コツ、コツ。

 ビルが作る陰で暗くなったマンションの階段を一人、上る。自分の足音とその足音が反響する音しかそこにはなかった。

 途中、音楽を聴いた。その音楽は恋人が死にその悲しみを歌った曲だ。曲の最後には彼氏は夢で彼女と出会い、彼女の手を強く握る。その時、今度こそは離さない、絶対に離さないと言って彼女と共に旅立つ。歌詞の最後にある、”布団に残ったのはわずかな温かさのみだった”と言う歌詞が好きだった。

 その曲を聴き始めるとじめじめした空気がより一層濃くなった。ああ、心地いい。


 東京に来て三年目、昔から人間関係を作るのが下手で、会社に入ってからの日々は学校同様、苦しかった。上司からはいつも執拗に責められ、同僚からも一日で終わるはずのない仕事を頼まれ、入社してから二年目以降は、ほとんどの日々が残業だった。そして、その生活から抜け出したくて、三日前、退職届けを提出した。急にやめられても困るよと上司に言われたが、変わりはいくらでもいることは知っていた。親には何も言っていない。こんな情けない姿が見せられるわけがない。

 退職届けを出す前から思っていたことがある。それは、ここから旅立つこと。

 人間関係を作ることが絶望的に下手な僕は、この苦しみから逃れられない。生き続けるのは窮屈だ。いなくなってしまいたい。

 そして今日、やっと決断ができた。


 長い階段をやっと上り切り、無造作に開けられた屋上へのトビラを開ける。

「うっ」

 青い空の輝きに驚き目を細くした。

 ずっとカーテンを閉めて生活していた。

 青い空の下、日に当たるのは何日ぶりだろうか。

 暖かい。

 時折、春の香りが風の乗って届いた。

 気持ちいい。


「意外と高い……」

 下を見下ろしながらそうつぶやいた。

 手には大量の汗が滲み、足の裏にまで汗が滲むのがわかった。

 重心を傾かせればそこに待つのは死。

 ドクドク、ドクドク。

 心臓の高まりが耳に伝わってきた。

 ぶわっと風が吹いた。

 後ろに足が持っていかれた。

 今の情景があの記憶と関連付けられた。


「生まれたその瞬間に人間は罪を背負う。その罪は人間が生き続けることでのみ償っていける、と思う。だから、私は生き続ける。君はどう思う?」


 生き続ける。その言葉が頭の中を生き続けていた。


***


 同じマンションの三階にある一室に戻り、カーテンと窓を開け、日光を部屋の隅々にいきわたらせた。

 ほこりぽかった。しかし、その景色はとても幻想的で、部屋の中にあった大小様々なシャボン玉のようなものが一斉にはじけ、非常に小さな粒となり、日光に照らされると光り輝き、ゆっくりとゆっくりと部屋にあるすべての物に染み込んでいくように感じた。

 スマホを手に取り、高校の頃、唯一言葉を交わすことができた彼女に「会いたいです」と伝えた。彼女は生き続けているだろうかと思いを巡らせ一時間。彼女から電話がかかってきた。


 彼女との電話が終って、ソファでくつろぐ。

『だから、私は生き続ける。君はどう思う?』

 生き物にとって生き続けること自体がとてもすごいことで、とても大切なこと。人生に変革を求めたり、周りに認められたり、一目おかれる偉大なことをしようとすることも大切なこと。でも、それで生き続けることの意味を見失ってはいけない。

 今現在、見失いかけていた僕にとって、すごくゆっくりでもいいから生き続けること、それが大切であり人付き合いや職探しは二の次でもいいのでは。

 そう思えるきっかけをくれたのは、昔の彼女でもあり今の彼女でもあった。


***


「そうだ、まだ自己紹介してなかったね」

 私が少年の前に立ってこう言った。

「私の名前は奥野芽依。君は?」

「僕の名前は佐々木碧です。王に白に石の碧です」

 と、碧くんは空中に文字を書きながら言った。

「めいさんは?」

「花とかの芽に依存の依だね」

 男の子にめいさんと言われてすごく照れた。

 目の前で焼きそばパンを頬張る彼は、昨日私を助けた存在。

 今日は碧くんの居る教室に出向き半ば強制的に連れ出した。図書室に行きたいとかどうとか言っていたが知らない。そんなの知る物か、やっと見つけた居場所を嚙みしめたいのだ。碧くんよ、私の犠牲になってもらうよ……っていうのは冗談で、どんな出会い方でもせっかく会った気の合いそうな人、もっと君のことが知りたいと思えたのが本音である。

 ほんのり暖かい屋上の地面に女の子座りをしながら、朝作ったサンドウィッチを食べた。

 何も気にしないで入れる空間に心地さを覚え、いつもは気にしている袖のずれに気付かなかった。

「先輩、腕にあるその痕って」

 聞かれて驚いた。

 まだ会って二日目だ。隠せることなら隠したかったことだった。

「あ~まあね、あれだよ。癖……癖になっちゃってね」

と私は私が無造作に引いた線を見ながら言った。碧くんの顔を見たくなかった。

「先輩ってとってもきれいでかわいいですよね」

「えっ」

 訳が分からなかった。

「横顔きれいだなって思って」

「訳わかんないんだけど」

 碧くんが目を合わせてきた。

「僕は絶対に貴方の味方です」

 一息。

「だから……生き続けてください!」

 その言葉は私の身体に深く深く染み込んだ。あ、嬉しい、率直に嬉しい。

 じゃあ、

「友達になろう!」


***


 肌に冷たい刃が当たる。

 先ずは刃を寝かせ肌を撫でる。

 それを三度程度繰り返したのち、優しく刃を立てて肌にあてる。そして、手前に引く。

 引くときに少しピリッとした痛さが来るがそれも一瞬で、肌から刃が離れると赤い液体がじわじわと肌を伝って床に数滴垂れてくる。

 数滴垂れたのちはヒリヒリとした痛みが心臓の音と共に来る。

 ふと、これは何度目になるんだろうと思った。


 私は社会人となった。

 社会人になってもいじめにあっている。きっとこの苦しみからは抜け出せないのだろう。

高校時代、一度は命を絶とうとしたことがある。しかし、ある少年に助けられ今でも生き続け、社会人となった。今思えば、その子が人生で始めて本心を言い合うことの出来た初めての友達だった。高校を卒業してもまた会いたいと思ったが、その子と会う機会は訪れなかった。

 連絡先は知っているものの自分から誘うのも、と躊躇していたら、また高校生の頃みたいな無様な姿になってしまい、余計連絡しづらくなってしまった。

「大人になったら少しは社会に溶け込めると思ってたんだけどな、私」

 洗面器の前にだらしなく座りながらボソッと言った。

 出血で少し眠気が来て、そのまま静かに目を閉じて寝てしまおうかと思った時、居間に置いてあったスマホが鳴った。メッセージが送られた合図だった

 その音が目覚まし代わりになり、立ち上がった。出血している左手を出来るだけ揺らさないように歩き、居間に行った。


 スマホの中には大量の未読。

 どうせ嫌がらせの連絡だとわかっているのに何のメッセージだったのか気になり、内容を見た。そこには、碧くんからの「会いたいです」とだけ書かれたメッセージがあった。



「友達ですか?そんなに改まんなくても、もう僕たち、友達だと思ってましたよ」

 屋上で私の前に座っている男の子がこう言った。

「二日もたってないよ」

「日数なんて関係ないものですよ、そう言うのって、心が通じ合ってびびっと来たら友達です」

「ふ~ん。」

 友達って難しい。



 高校時代、あの屋上が唯一、誰にも邪魔されない大好きな場所だった。

 ふと、頬がやさしく引きあがり、顔周りの軋んでいた筋肉が動き出したのを感じた。

 私は最近全く笑えていなかったことに気付いた。

 ふと、目から涙がすーっと流れた。血が流れるより速い。なんで泣いているのか訳が分からない。でも、涙が止まらない。量が増した。

「あ~あ、何で泣いてるんだろう」

 生き続けなくちゃいけない、あそこで私が彼に向かって言った言葉。

 生きていれば嫌なことが絶対にある。いや、あった。気に食わないことも。それらに立ち向かうのも大切かもしれない。だけど、長いマラソンをずっと全力で走り続けるのは無理なように、全てに立ち向かうのは無理だ。時には走るのを緩めたり、休憩したり、いっそリタイヤしてもいいんじゃないか? 生き続けることをやめなければ。

 そう思わせてくれたのは今の彼であり昔の彼でもあった。


「久しぶり、碧くん!」

 電話越しで会話をする。「久しぶり」って言えるのも初めて会ってからずっと生き続けてきたからなんだよね。

 なんか、二度も彼に救われている気がする。

 読んでいただきありがとうございました。

 この小説は、パソコンに眠っていたものを加筆修正したもで、こんなの書いたっけ!と、心わくわくしております。

 いや、楽しかった。

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