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柘榴  作者: 汐待 空恭
7/11

柘榴(果実)7

 家から神社までの道を、朝焼けの中歩く。最近は日の出の時間が早まって、以前よりも世界が明るくなったように思う。本当はもっと明るい中で彼の姿を見てみたいのだけれど、昼間に会う勇気はなく、結果ずるずると薄暗い中での邂逅を続けていた。

「なんだこれ?」

神社近くの電柱に見覚えのない張り紙があって、目が留まる。探しています、という文字の下。写真と文字の羅列、だと思わしき張り紙。写真も文字もかすれていて、探しているのが何なのかすらわからない。猫か何かの類だろうか。そんなに長いこと貼ってあったようには思わないが、気づかなかっただけで随分前からあったのだろうか。いずれにしても、これでは張り紙の意味がない。ラミネートしておけばいいのにな、と他人ごとに思う。わからないものは仕方がないので、すぐさま脳内から外に出した。今日は何を話そうか。毎日のように話していると、さすがに会話の種が尽きてくる。もっとも、その日あった出来事を話すだけで、10分などあっという間に終わってしまうのだが。今日のような土曜の朝は、話すことが少なくて困る。困ってなんかいないくせにそんなことを思いながら、いつも通り鳥居をまたごうとして、

「――――!」

突如、空間を切り裂くように甲高い声が響いた。つんざくような、耳障りな金切り声だった。声のはずだ。けれど、何と言ったかまではわからなかった。

 境内に、見慣れない、見たことの無い女の人がいた。私の母親くらいのその人は、みすぼらしい格好の青年の腕をつかみ、何かを叫んでいた。そしてそのまま、神社の外へ、こちらへと、石畳の中央を通って向かってくる。私のことなど見えていないかのような様子ですれ違い、近くに停まっていた車へと向かっていった。腕を掴まれたままの青年は、抵抗する様子無く連れられて行く。

くたびれたマフラーを巻いた青年の瞳は、伽藍堂だった。


 その日の夕方、テレビであるニュースが流れた。行方不明だった青年が、無事保護されたというものだった。青年は2月程前に家を出て以来、行方知れずになっており、家族が捜索していたそうだ。青年に健康上の問題は見られず、けれど精神的な不安定さがみられるため精神科病院に入院することになったと、ネットニュースの記事には書かれていた。




 どんなことがあった日でも、翌日はやってくる。生活は続く。現実に戻される。世界はいつも通りに回る。いつも通りバスと電車を乗り継いで大学院に行って、授業を受けて、級友と少し喋って、電車とバスを乗り継ぐ。代わり映えのない、いつも通りの一日。それが終わりに近づいたバスの中で、今日はどうしようかと考えて、自宅の最寄りひとつ前のバス停を降りる。

 降りて目の前にそびえるのは、灰色の鳥居。奥へ奥へと続く石畳。中央を開けて並び立つ大木。そして最奥に見える、古びた拝殿。鳥居をくぐり、道の端を歩いて拝殿に向かう。縄が千切れてそのままになっている大鈴が鈍く光る。お賽銭を投げ込んで、浅い一礼、深い二礼。少しずらした両手で二拍手。手をそろえて、目を閉じて拝む。

 ――家内安全。無病息災。学業成就。

 祈り慣れた文言は考える間もなく浮かんだ。深い二礼。浅い一礼。この2か月ですっかり聞きなれた、軽やかな声は聞こえない。いつも通りを装っては見たけれど、やっぱり息は、しづらくて。

「寒い」

この日常をまた、続けなければならない。

「…寒い」

失くなったマフラーの代わりが、欲しくなった。

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