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 ダンに案内されたのは、とある民家である。門を入って庭を切って進むと玄関に行き着く。そのまま尚中に進むと、下りていく階段が壁際にある。ここは一階のはずだから、地下への入口だろうか。地下に続く階段は薄暗く、前を歩く古川に軽く衝突したりした。辛うじて足下を照らすのは、ダンのポータブルライトのみである。その白色光は暫く下りる間に点滅し始めた。どうやらダンの悪戯らしい。彼は良いが、古川や鋭也にすれば全く知らぬ道をいちいち踏み出して下りるのだから、度々注意する為止まることになる。短い距離であるはずが、ようやくと言う実感をもって下り切る。

 ダンは、激しく点滅する例の光で、ドアノブを見つけ照らした。それは普通の回し取っ手で、扉自体も案外新しそうである。壁の手触りで距離感も測ることができ、闇に包まれてはいるが、二人にとってもその空間は明快になりつつあった。もしや最近に掘られた空間なのかもしれない。月並みな扉は、こんな陰気な場所にありがちな軋む音などは立てずに、滑らかに開いた。

 その中身は、一つ豆電球と中央に設置された円卓上にメラメラ揺れるろうそくに灯されている。

 雰囲気はある。壁肌の設計と言い、洞窟の感じを訪れる者に与えたいらしい。その対象に古川が予め想定されていたかは分からない。けれども、円卓を囲む、バーにあるような高い椅子に腰を下ろすのがあの豊川なのだから、彼女としては何らかの意図を疑わずにはいられない。

「豊川先輩」と呟くと、よっ、と応じてきた。相変わらずの服装に身を包み、並びの良い歯を見せつけてくる。古川はやはり、彼を前にすると深いため息をつきたくなるようだ。それから、この場に漂うひんやりとした空気感に気をとられる。

「寒くないですか? ここ……」

 古川が機敏に辺りを見回す一方で、鋭也などはちょっと震えている。

「外は暑いんだから、このくらいがちょうどいいだろ。自然のエアコンだ。ほれ、この机を囲むんだ。そうすれば暖かい」

 誘いに乗るのは癪だが、取り敢えず従っておく。彼らは四人で席を埋め、環となった。火に照らして互いが互いの顔色を探り合う、妙な時間が流れてから、やっとダンが口を開いた。

「さあ、『ミッション・チーム』の今後の活動方針についてでも話し合おうじゃないか」

「活動方針って……依頼を受けるんじゃないんですか?」

「その通り。これらが今うちに来ている依頼だ」

 ダンが示した先にコルクボードがある。そこに紙切れが数枚張られている。

「どれ」と豊川が席を立って、確認をする。

「溝の掃除に看板持ちに、ビラ配りに……」

「それ、全部アルバイトの広告じゃあないですか?」

「まさか、見ろ」

 確かに紙切れの正体は、手書きの文字が載せられた白紙である。けれども時給まで添えて書いてある。

「ボランティアなんじゃ……」

「無論、その通りだ」

「これまでにはどんなことをやってきたんですか?」

「そりゃ、溝の掃除とか、公園の落ち葉拾いとか……」

「だーかーら、それが怪しいです」

 古川の不信をかった二人は、顔を見合わせる。

「それって、ただのボランティア活動じゃないんじゃ……」

「……うむ。告白しよう」

 ダンは一度言葉を切る。三人と一通り視線を合わせてから、

「似ているが、違う」ととうとう白状した。

「まず俺たちは、大学中や街中を回って人々から任務を承るんだ。これはもう話したことだな? それから、任務と言うからには実はそれなりの報酬もいただく」

「はあ?」

「と言うより、資金集めがそもそもの主眼だ」

「それって、何だか良くない事のような……」

「否定的に考えちゃいかん。『ミッション・チーム』は依頼を受けてそれを解決する。いわばトラブル解消の専門屋ってとこだ」

「ふうん」

「どうだ、やってみたいと思わんか」

「そうですねえ」

 古川は鋭也の反応をチラと横目に窺った。目が合った。二人ともすぐに視線を転じたが、古川の方は再度見る。

 古川自身、『ミッション・チーム』の活動自体にはいささかの興味も抱かない。それがどうしてこの段に至るまで持ち越しているかと言えば、全ては鋭也の為である。彼の外界への進出の一助にでもなればと言うのが、思うところである。

 ダンには上手く言いくるめられている感が否めない。また。危険の香りを察知しないものでも無い。さて、どうしたものかと熟考する内に、「やってもいいですよ」という返事が思わず口をついた。

「よし、よく言った!」

 ダンは嬉々とする。勢いよく立ち上がるとゴツゴツ壁に打ち付けられたフックにかけた例のコルクボードに、新たな紙切れを押しピンした。

「よし、古川悠隊員、羽野え……隊員、君たちに初任務を与えよう。まずは、これだ」

 ダンは今し方に張り付けた紙を指差している。

「豊川の友達探しだ」

「ええ? もっとマシな任務は無いんですか」

「お前たちは初心者だから、本腰を入れた活動にはまだ早い。まずはこれくらいで腕鳴らしだ。……知っての通り、豊川は端的に言ってイタイ奴だ。よって彼はもう三年近く通うことになる大学に、友達が悠と俺しかいない。それじゃこいつがあまりにも不憫で、可哀想だろう」

「ちっ」

 豊川は緑のジャージを伸び縮みさせて、悪そうに椅子に寄りかかる。

「ああ、あと、豊川の友達にはなるべく、裕福そうな家庭の子を選ぶんだ」

「はあ?」

 彼らがどうしてこのようなサークル活動で、回りくどい小遣い稼ぎをしているのか、見当もつかない。金持ちの友人を捕まえて、大方食事でもご馳走になろうという魂胆だろう、と古川は予測する。

 さて、問題は鋭也である。『任務』とやらを引き受けたはいいが、彼の益にならなくては仕方が無い。彼女は鋭也を窺って、それで突如、異変に気が付いて席を立つ。彼は小刻みに震えている。呼吸にも支障がありそうで、尋常でない。そのわななく背中に手を添えた。

「どうした?」

「ここの環境が合わないみたい」

「へえ、悠。お前の噂の幼馴染はガラスの少年か」

 青ざめて俯く鋭也を豊川は冷淡に流し見る。古川は鋭也のその薄い背中を優しくさすってやった。

「とりあえず外に出ましょう」

 古川は鋭也の手を引いて歩いた。薄ら寒い秘密の地下室を後にすると、真新しく記憶した段差の感覚を確かめながら、寄り添って上っていく。通常の部屋に出る。この家にはダンか、豊川のどちらかが普段住んでいるのに違いない。一人暮らしするには豪華だ。古川はひょんなことから彼らと知り合ったが、まだ二人の家柄とか家庭の事情は詳しく知らない。

 労わられて何とか持ち直した鋭也は、次第に呼吸を整えて、「ありがとう」と呟いた。今度は前に自宅の階段にて錯乱した時より、取り乱さなかった。これは彼の意地である。意地を貫き通すのは辛かろうが、古川の手前である。

 彼らの後に続いて豊川とダンが出て来る。

「じゃあ豊川の友達候補を連れて明日ここに集合だ。日没までには来いよ」

 ダンが言いつける。彼の日本語は流暢だ。古川は彼を留学生と認識しているが、日本での生活は長いのかも知れない。

 二人は揃って家を出た。日が傾いて、もう茜色だ。外は穏やか極まりない。鋭也は久しぶりの空気に触れたように深呼吸をする。

 古川は鋭也の家の前まで付いて行く。明朝に会うことを約束して、二人は別れる。

 古川は帰り道にて、鋭也の症状の回復を感じていた。彼は全く外に出られないわけではなかったのだ。そもそも、鋭也が今のような具合になったのは大学に入ってからの事であると、古川は認識している。

 鋭也と古川は幼馴染で、それは先に述べた通りた。鋭也はいつまで経ってもちっとも変わらぬ、と古川は考えた。

 鋭也が今怖いのは何だろう? 今日の出来事も考慮してみる。

 まず、閉塞感を恐れるのではとの案を出してみる。が、それは違うとすぐに気がつく。彼はどちらかというと、狭い部屋に閉じこもっていたいタイプである。それでは、寒気が苦手か? 寒いことが人に及ぼす心理作用とは、どのようなものがあるだろうか。ただ、あそこは単に寒いだけで無く、妙に『冷たかった』と古川は記憶している。彼は、『冷たい』のが苦手だろうか? ……それは古川も、同じことである。

 加えて、先の二人の様子は確かに不気味であった。何かまだ、隠し事をしているようである。金持ちの友達を欲しがるのも、不自然だ。そもそも、あの地下室は何の為につくられたものだろう? ただ会議をするだけなら、普通の部屋でしたっていいはずだ。ううん、と首を傾げる。

 少し鋭也の話から逸れた。彼が何を嫌がり恐れているのか、一概に騒音だの雑多だのとは言えなさそうだ。どのみち、一時で答えの出せる問題でもない。当面の課題として、考えておこう。

 彼女は単なる善心から彼を労わっているのでは無い。彼に関わっていると、愉快だ。何がそう思わせる? 鋭也のような偏狂的な感覚の持ち主がその敏感を克服する有様は、筋書きにあるべきだし、またなければならないものであるはずだ。

 詰まる所、古川は鋭也に興味を持っているが、まだそれを何ものとも意識したことがない。

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