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今日は花祭り。学園では授業がなく、校内を自由に使って生徒同士が交流することが許される。
そこここで、花を手にして微笑む女生徒の姿が見られる。花を贈られて校内を散歩した後はそのまま街へ繰り出すカップルが多い。
街の方も華やいでいるだろう。
ニコルも華やいだ街へ出かけようとしたが、その前に同じクラスの令嬢に呼び止められた。
「お待ちになってニコル様。街へ足を運ぶおつもりですの?」
彼女の隣には婚約者の令息が寄り添っている。当然、彼女も花束を手にしていた。
「そのつもりですが?」
「花を持っていない令嬢がおひとりでいては、良からぬ輩に言い寄られるやもしれません。危ないですわ」
どうやらニコルを心配して声をかけてくれたらしい。
「ご心配ありがとうございます。けれど大丈夫です。一人歩きには慣れていますから」
ニコルは自信満々に胸を張った。
実際、ニコルはすっかりおひとり様に慣れきっていた。ふらふらしていたら危ないのも理解したし、近寄ってはいけない路地裏なども頭に入っている。常に人の目がある場所にいるようにすれば、大方のところは大丈夫だ。
「では、私はこれで……」
ニコルはまだ心配そうな令嬢に挨拶して校門に向かおうとしたのだが、その前に一人の男子生徒が立ちはだかった。
「やあ、ニコル嬢」
「あ。こないだ本屋で……」
「うん。覚えていてくれたんだ。あの後、結局どっちの本を買ったの?」
どちらの本を買うか迷っていた時に声をかけてくれた伯爵令息にそう尋ねられ、ニコルは照れながら頭を掻いた。
「実は……あの後、もう一冊気になる本をみつけて……結局そちらを」
「ああ、そうだったんだ。それで、ニコル嬢は花も持たずに一人でどこへ行こうとしているの?」
伯爵令息はにこにこと笑っているが、ニコルを逃がさないように前を塞いでいる。ニコルは首を傾げて答えた。
「少し、街を見に行こうかと……」
「じゃあ、当然ケイオスと一緒に行くよね? あいつならきっと生徒会室にいるよ。一緒にいこうか」
ニコルは首を横に振った。
「いいえ。ケイオス様に特に用はないので」
きっぱりと答えると、伯爵令息は一瞬真顔になった。
「でも、あいつも花束を用意してるだろ?」
「ああ。今年は花はいらないとお伝えしてあるので大丈夫です。わざわざ私の分を用意していただくのは申し訳ないので」
伯爵令息が無言になった。
(もう行ってもいいかな?)
ニコルは首を傾げた。
「あのう、もう……」
「ちょっと!ちょっと待ってくれないか!ここで待っていて欲しい!すぐに戻ってくるから!」
伯爵令息は何故か慌てた様子で廊下を駆け去っていった。