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そんなケイオスの目の前で、ニコルと王太子の話は続いていく。
「もっと隣国の言語を学びたくて……」
「それなら、我が国に留学しては?」
「留学?」
「或いは、我が国で働いては? 我が国は女性の社会進出を推奨しており、移民も歓迎しております」
「え……」
考えたこともない選択肢を提示されて、ニコルは目を見開いた。
隣国で働く。そんなことが可能なのか。
(ケイオス様と結婚できなければ問題のある相手に嫁がされるしかないと思っていたけれど、隣国で働くという道もあるのね……)
ケイオスは目をキラキラさせだしたニコルに、気が気じゃなかった。
ニコルがケイオスとの結婚を望んでいるのは、他に道がないからだ。だが、他にも道があると知ってしまったら、唯一ニコルをケイオスの元に繋ぎ止めている理由がなくなってしまう。
ヤバい。不味い。ニコルを盗られる。
「興味がおありでしたら、留学についてもっと詳しく――」
「ええ。是非……」
「駄目だっ!!」
突然、ホール中に響く声でケイオスが怒鳴った。
目を丸くするニコルの肩をしっかと抱き寄せて、ケイオスは王太子に向かって吠えた。
「俺の婚約者をっ! 惑わせないでいただきたいっ!!」
ホールがしん、となった。
「俺の婚約者は一人でどこへでも出かけてしまう度胸の持ち主なので俺はずっと側で置いて行かれないように見張らなければならないんです!隣国へ行かせる訳にはいきません!!こんなに可愛いニコルが一人で隣国に行ったりしたら絶対に悪い虫がつくし、あの時の店員だって完全にニコルを狙ってたし、ああもう俺はどうして今までニコルを一人にしていて平気だったんだ。学園の交流会では皆婚約者持ちだから一人にしても口説かれる心配はないと思って安心していたけど、今思うといくらでも危険性はあるのに、何故俺はあんなに油断してニコルを蔑ろにしていたのか本当に自分を問いつめたいぐらい不思議でたまらない!!だが!もう二度と俺のニコルを一人にするつもりはない!!」
一息に叫んで、ケイオスはニコルを力一杯抱き締めた。
突然の大告白に、会場中の生徒が息を飲んで見守った。
これまで散々蔑ろにされてきたニコルを皆知っている。だからこそ、ケイオスの言い分にニコルが今更なんだと怒り出すか、それとも受け入れるのか、誰もが気になった。
抱き締められたニコルは、ケイオスの腕の中で目を瞬いていた。
一人にするつもりはない。ケイオスはそう言った。
「ケイオス様……」
ニコルは顔を上げてケイオスを見た。会場中が息を飲む。
「私のような世間知らずが留学するかもしれないと思って心配してくださったのですね。でも、大丈夫です。お一人様には慣れましたので!」
「「「「違う! そうじゃない!!」」」」
胸を張って言ったニコルに、ケイオスのみならず会場中から突っ込みが入った。
***
それから一年後、ニコルは隣国への留学を果たしていた。語学から始まった興味は他の分野にも広がり、自分の目でもっと色々なものを見たくなったのだ。
家族を説得するのは大変だったが、最終的に許してもらえた。
「あ、あれは何かしら?」
街を歩いていても、自国では目にしたことのないものがあって興味を引かれてしまう。
「ニコル!」
ふらふらと歩くニコルを、ケイオスが捕まえる。
「一人で行くなって言っているだろう!」
一年前のごたごたの後、なんとかニコルを振り向かせようとしたケイオスだったが、ニコルの隣国への興味は消すことが出来なかった。
けれど、ニコルを一人で留学させるなんて真っ平御免であったので、こうしてニコルを追いかけてケイオスもまた留学してきたのだ。留学を終えて帰国次第、結婚する予定である。
もちろん白い結婚にするつもりはないが、ケイオスの努力に関わらず、ニコルはいまだにケイオスの愛が半信半疑なのかよく一人で行動しようとする。その度に追いかけて捕まえるのがケイオスの日常だ。
「そうだ。ケイオス様、私、キャロライン様に呼ばれているんです。話し相手なれって」
「俺も一緒に行く」
「王太子宮には招待されていない殿方は入れませんよ。私なら一人で平気です」
ニコルはにっこり笑って言った。
「お一人様には慣れましたので!」
終