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「ケイオス、ニコル嬢」
交流会が始まると、王太子を連れたキャロラインがやってきた。
「殿下。私の友人のケイオス・ブランズ侯爵令息とその婚約者のニコル嬢です。ケイオス殿はニコル嬢と結婚して侯爵家を継ぐ身です」
キャロラインに紹介され、隣国の王太子の前で緊張したニコルは思わずケイオスの袖に掴まった。
ケイオスは自分を頼りにするニコルを見て、どきっと胸を鳴らした。彼はここ数日、色々拗らせた挙げ句に「貴方などもう用済みよ!」と高笑いするニコルに手ひどく捨てられるという悪夢を見ていたので、実物のニコルを見て心が癒されていた。
(かわいい……)
キャロライン相手には思ったことのない言葉が湧き上がってくる。
「キャロライン王女のご友人に紹介していただけて光栄の極みです。ケイオス殿とニコル嬢も、機会がありましたら是非、隣国を訪ねてみてください」
王太子は柔らかい低音でゆったりと挨拶をする。上品な声といい流れるような仕草といい、実に人を惹きつける魅力的な人物だ。
そのまま学園生活の話などをして、しばらくするとニコルの緊張もだいぶ解けてきた。
話の流れでニコルが隣国の言語を勉強しているという話題になり、ニコルは最近読んでいる小説の作者の名をあげて、本を読むために言語を学んでいると打ち明けた。
すると、それに王太子が食いついた。
「その作家の作品は私も大好きです。我が国では昔から有名な作家ですが、最近翻訳にも力を入れて他国でも人気が上がっているそうです」
「そうなんですか。翻訳されたものはすべて読んでしまって……でも、原書はやはり難しくてなかなか読み通せません」
「いやいや、わざわざ原書で読もうとするなんて実に真面目で努力家な方ですね。我が国の作家を気に入ってくださってありがとう」
「いえ、そんな……」
優しく微笑まれて、ニコルはふっと頬を赤らめた。
頬を染めるニコルの可愛さに、ケイオスは衝撃を受けた。
ニコルが可愛い。しかし、その可愛い顔をさせたのは自分ではない。その事実にぐっと唇を噛む。
「ニコル……そろそろ行こうか。王太子殿下とキャロライン様のお邪魔になっては……」
「いやあ、もう少しキャロライン様のご友人から学園のことを聞きたいですな。よろしければ、もう少しお相手いただけると嬉しいのだが」
ケイオスはさりげなくニコルをこの場から引き離したかったのだが、王太子にそう言われれば下がる訳にもいかない。
王太子は会話が上手で、キャロラインと話しつつニコルにも話を向けてくれる。ニコルは王太子と本の話をするのが楽しくなってきて、いつしかケイオスの袖を放して前に出ていた。
そのニコルの姿を見て、ケイオスはまた衝撃を受けた。
ケイオスと一緒にいる時のニコルは、今思うといつも退屈そうな表情をしていた。話題もキャロラインのことばかりで、ニコルが楽しそうにしていたことはない。
そう思うと、ケイオスは焦燥に駆られた。