12
放課後、伯爵令息と侯爵令息から若い女子に人気の店と話題のタネを叩き込まれたケイオスはニコルを連れて賑わうカフェを訪れた。
割と新しい店で、ケイオスは来るのは初めてだが、店員はニコルを見るなり相好を崩した。
「ニコルちゃん、いらっしゃい! あれ? 今日はお友達と一緒なの?」
「ロナルドさん、こんにちは」
店員の青年と顔見知りらしいニコルに、ケイオスはぎょっとした。
「お前、来たことがあるのか?」
「ええ。このお店が出来た時に話題になっていたので行ってみたくて」
ニコルの答えに、ケイオスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
新しいお店が人気なので行きたくなったのはわかるが、
(だったら、そこは俺を誘うべきじゃないのかよ?)
そう考えて、ケイオスははたと気づいた。
「おい、ニコル。まさか、一人で来たんじゃあ……」
「一人でしたけど、それが何か?」
ケイオスは頭を抱えた。
若い令嬢が一人でこんな店にいたら、目立つに決まっている。
(下心のある男に声をかけられたらどうするんだ。あの店員もやたら馴れ馴れしかったし!)
これは一度しっかりと言い聞かせておかねばなるまい。以前に一度「一人で行動するな」と窘めたが、ニコルは言うことを聞かなかったようだ。
「いいか。今度から一人で街へ出るのは禁止だ。行きたいなら、まず俺に言え」
「ええ……?」
ニコルは不満そうな表情をした。
「ケイオス様はお忙しいでしょうし……」
「婚約者に付き合う時間くらいはある!」
「はあ……」
言葉を濁すニコルに、いまいち信用されていないのを察してケイオスは苛立った。
その時、カップを傾けるニコルの腕に光る白い腕輪に気づいて、伯爵令息から聞いた話を思い出す。
「おい、その腕輪……」
「これですか? 行商の市で買ったんです」
「……自分で?」
「もちろんです」
ニコルはにこっと微笑んだ。
「それが流行っていたのは去年じゃなかったか?」
「去年は買えなかったので……それに、綺麗だからお気に入りなんです」
確かに、きらきら光って綺麗な細工だ。普通にお洒落なアクセサリーとして使っても何も問題はない。
しかし、恋人とお揃いで身につけるという形で流行ったものだと知っていれば、一人で身につけることを躊躇うのではないだろうか。
「それは、恋人同士で身につけるものじゃなかったか?」
「お店の人に聞いたら、一つでも売ってくれると言いましたので」
(だから、なんで一人で買いに行く? 俺に言えば良かっただろう)
一人で市に行ったと平然と答えたニコルを思い出す。そもそも、何故あの時、一人で行くなんて発想に至ったのか、ちゃんと確かめておけば良かった。
「なんで、俺を連れて行かなかった……?」
「え? もしかして、キャロライン様に贈りたかったんですか?」
「なんでそうなる!?」
思わず声を荒らげてしまい、それからニコルが誤解しているのだと気づいてケイオスは溜め息を吐き出した。
「はっきり言っておくが、俺はキャロライン様の輿入れに付いていく気はない。キャロライン様は隣国へ輿入れされ、俺はこの国の侯爵家の跡を継ぐ。今後、外交以外でお会いする機会はない」
「そんな……どうにか出来ないんですか? 隣国で妃に会える立場にまで出世すればきっと……」
「だから! 俺はそこまでキャロライン様と一緒にいたい訳ではない! 今まで近くにいたのは、幼馴染で友人だったからであって、それ以外に特別な感情などない!」
完全に誤解しているニコルにはっきりと告げる。ニコルは目を瞬かせた。