10
突然に、王女キャロラインからのお茶の誘いが届いた。
伯爵令嬢のニコルが王女に誘われるだなんて、理由は一つしかない。
「ケイオス様を隣国に一緒に連れて行くから私は身を引くように言われるのかしら?」
他に思い浮かばないのでニコルは話の流れを想像しながら学園の庭のガセボに向かった。
「よく来てくれた、ニコル嬢」
キャロラインは凛とした佇まいで待っていた。男勝りと言われることもあるが、凛々しく清冽な気を放って眩しい存在だ。
「まずは貴女に詫びたい。私が幼馴染としてケイオスに頼りきりだったために、貴女にはさぞかし不快な思いをさせたろう」
「いえ、そんな……」
いきなり謝られてしまって、ニコルは面食らった。
確かに、以前なら不満だったかもしれないが、今はなんとも思っていない。
「キャロライン様のお側にいるのがケイオス様の幸せですから、私は邪魔するつもりはありません」
だから、隣国に連れて行っても大丈夫ですよ。という意味で言ったのだが、キャロラインは何故か眉をしかめて黙り込んでしまった。
「……ニコル嬢は、隣国の言語を学んでいると聞いたのだが?」
「はい。まだ始めたばかりですが」
「何故、学ぼうと思ったのか聞いてもかまわないか?」
キャロラインに尋ねられて、ニコルは正直に答えた。
「隣国の本を読みたかったからです」
「では、隣国に行くためではないのだな?」
そう言われて、ニコルはピンと来た。最近流れている妙な噂のことだ。
ニコルがケイオスを追いかけるために隣国語を学んでいるという奴。
あれを聞いて、キャロラインは不安になったのだろう。ニコルがつきまとって二人の邪魔をするのではないかと。
「ご安心ください。私はケイオス様を引き留めたり、付いていったりするつもりはありません。いつでも婚約解消してくださってかまいませんし」
がちゃり、とキャロライン様のカップが音を立てた。珍しい。完璧な方なのに。とニコルは思った。
「婚約……解消するつもりなのかっ?」
何故か焦っているように見えるキャロラインに、ニコルは首を傾げた。
本音を言うと、結婚だけはしてもらえるとありがたい。まともな貴族の子女は婚約者持ちだ。今、婚約解消されると、ニコルに来る縁談は訳あり物件ばかりだろうから。
「私としては、白い結婚が一番いいのですが」
「しっ……」
「私はこの国で、ケイオス様は隣国で暮らせば良いのではないでしょうか。……って、それは流石に私に都合が良すぎますね」
ニコルは恥じるように笑って誤魔化した。