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ショートショート9月~3回目

鈍感

作者: たかさば

 私と母親は、接点が多すぎた。


 朝から晩まで家にいた母親。

 買い物に必ず同行させた母親。

 休みの日は朝から晩まで家事をやらせた母親。


 学校行事には欠かさず現れた。

 長期休みは厳しい監視のもと毎日朝から晩まで家事をやらされた。


 困ったことがあっても母親に相談したことがない。

 自分で調べて自分で解決しなければならない、突き放された関係だった。


 日常において、ほとんど会話をすることがなかった。

 一方的に叩きつけられる言葉を受け止めるしかなかった。


 実家を出たのは22の頃だった。


 その日も朝から憎しみに満ちた感情を投げつけられていた。

 家庭を持つことになったと報告した日も、思い込みの被害妄想を浴びせられた。

 孫が生まれた日も、いつも通り不快な単語をぶちまけられた。


 ほとんど会話をさせてもらえないまま、母親は老いた。


 足を少し悪くした母親は、自分の部屋でテレビを見る生活を続けているらしい。

 6:00、11:00、17:00にきっちり食事をとる生活は続いているらしい。

 二日に一度、タクシーを使って買い物に出かける生活をするようになったらしい。

 家事は一切手抜きをしないらしい。

 長い間毎日繰り返してきた生活を変える気はないと、動かぬ体に鞭を打っているらしい。

 決まった時間になると怒りをまき散らしながらキッチンに向かい、食事を作るらしい。

 食事を食べ終わると父親に暴言を吐き散らしながら片づけをして、自分の部屋に戻るらしい。


 やがて、母親はさらに老いた。


 背中が曲がり、視力が落ち。

 自分が納得できる家事をするだけの体力がなくなり。


 ほとんど会話をさせてもらえなかった私が、介護をすることになった。


 365日、毎日母親の住む家に通わなければいけなくなった。

 私を朝から晩まで使役し、私が自宅に帰ったあとですら電話で呼びつけるようになった。

 24時間、母親の声に怯えて過ごさなければいけなくなった。


 他人を嫌う母親は、民間のサービスを一切受け付けない。


「他人が人の家に首を突っ込むな!!」

「娘にやらせるから帰ってくれ!!」

「役所なんかあてにするな!手抜きしようとしやがって!!」


 私を憎む母親は、どれほど怒りを撒き散らしても満足してくれない。


「あんたが金持ちと結婚しなかったせいでこうなったんだ!!」

「いつまでたっても役に立たない子だねえ、大失敗作だよ!!」

「わしがいないと何もできないくせに口答えするな!!」

「勝手なことしやがって!!あーあー、全部捨てなきゃいかん、アンタのせいで!!!」


 母親に従うしかない私には、いろんなことが…負担だ。


 母親の暴言。

 母親の妄想。

 母親のこだわり。

 母親の蔑み。

 母親の怒り。

 母親の知識。


 人生の終盤にして、のしかかってきた、母親。


 その重さに、…潰されながら、かわしながら、気付かぬふりをしながら。

 どこか他人事で、ただただ淡々と…日常を過ごす。


 母親は、身の回りのことはもちろん、お金の管理もすべて自分でチェックしている。


 私に何かを買い与えるようなことはしない。

 私を労ってお小遣いを渡すようなことはしない。


「あんたも水使ってるんだから水道代半分出せって言ってんの!!」

「あんたのせいであせもができたんだから病院代払って!!」

「あーあー!!汚い掃除の仕方だねえ!!やり直して!!」

「年金暮らしの貧乏人から金を巻き上げるつもりか!!」

「たまにはうまいもん買ってくるとか気遣いできないわけ?!」

「ブサイクはどうしようもないね!」

「どうせあんたなんか不幸になるの!」

「頭悪いねえ!生きてて恥ずかしくないの!!」

「あーすべてにイライラする!!」


 業突く張りの母親が差し出すのは、私を否定する言葉と、積年の恨みと、呪い。


 急速に培われることになった、母娘の、関係性。


 壊れてしまいそうだ。

 壊れてしまっているのかもしれない。


 ……けれど


 私は、母親に、言葉を返さなければならない。


「うん、わかった」

「お母さんはすごいねえ」

「大丈夫、私がやるから」

「私のせいだね、ごめんなさい」


 母親を落ち着かせるために、選んだ言葉。


 …なんだ、私、なんとかなってるじゃない?


 母親が自室に戻るのを見送って、不意に頬が緩んだ。


「…フン!!!」

「まったくどうしようもないよ!!!」

「あーあ、もう寝よう!腹立たしい!!」


 母親と過ごすことで、自分が失われていく。


 母親を甘やかさなければ、自分が叩きのめされる。

 母親に見逃してもらえれば、自分を維持できる。


 あと、何年続くかわからない、母親との不愉快すぎる日々。


 私は、自分を守るために。


 鈍感であろうと、決めている。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヾ(´;ω;`) けして皮肉や嫌味でなく、鈍感さもまた生きてゆく為に必要な強さだったりしますね
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