鈍感
私と母親は、接点が多すぎた。
朝から晩まで家にいた母親。
買い物に必ず同行させた母親。
休みの日は朝から晩まで家事をやらせた母親。
学校行事には欠かさず現れた。
長期休みは厳しい監視のもと毎日朝から晩まで家事をやらされた。
困ったことがあっても母親に相談したことがない。
自分で調べて自分で解決しなければならない、突き放された関係だった。
日常において、ほとんど会話をすることがなかった。
一方的に叩きつけられる言葉を受け止めるしかなかった。
実家を出たのは22の頃だった。
その日も朝から憎しみに満ちた感情を投げつけられていた。
家庭を持つことになったと報告した日も、思い込みの被害妄想を浴びせられた。
孫が生まれた日も、いつも通り不快な単語をぶちまけられた。
ほとんど会話をさせてもらえないまま、母親は老いた。
足を少し悪くした母親は、自分の部屋でテレビを見る生活を続けているらしい。
6:00、11:00、17:00にきっちり食事をとる生活は続いているらしい。
二日に一度、タクシーを使って買い物に出かける生活をするようになったらしい。
家事は一切手抜きをしないらしい。
長い間毎日繰り返してきた生活を変える気はないと、動かぬ体に鞭を打っているらしい。
決まった時間になると怒りをまき散らしながらキッチンに向かい、食事を作るらしい。
食事を食べ終わると父親に暴言を吐き散らしながら片づけをして、自分の部屋に戻るらしい。
やがて、母親はさらに老いた。
背中が曲がり、視力が落ち。
自分が納得できる家事をするだけの体力がなくなり。
ほとんど会話をさせてもらえなかった私が、介護をすることになった。
365日、毎日母親の住む家に通わなければいけなくなった。
私を朝から晩まで使役し、私が自宅に帰ったあとですら電話で呼びつけるようになった。
24時間、母親の声に怯えて過ごさなければいけなくなった。
他人を嫌う母親は、民間のサービスを一切受け付けない。
「他人が人の家に首を突っ込むな!!」
「娘にやらせるから帰ってくれ!!」
「役所なんかあてにするな!手抜きしようとしやがって!!」
私を憎む母親は、どれほど怒りを撒き散らしても満足してくれない。
「あんたが金持ちと結婚しなかったせいでこうなったんだ!!」
「いつまでたっても役に立たない子だねえ、大失敗作だよ!!」
「わしがいないと何もできないくせに口答えするな!!」
「勝手なことしやがって!!あーあー、全部捨てなきゃいかん、アンタのせいで!!!」
母親に従うしかない私には、いろんなことが…負担だ。
母親の暴言。
母親の妄想。
母親のこだわり。
母親の蔑み。
母親の怒り。
母親の知識。
人生の終盤にして、のしかかってきた、母親。
その重さに、…潰されながら、かわしながら、気付かぬふりをしながら。
どこか他人事で、ただただ淡々と…日常を過ごす。
母親は、身の回りのことはもちろん、お金の管理もすべて自分でチェックしている。
私に何かを買い与えるようなことはしない。
私を労ってお小遣いを渡すようなことはしない。
「あんたも水使ってるんだから水道代半分出せって言ってんの!!」
「あんたのせいであせもができたんだから病院代払って!!」
「あーあー!!汚い掃除の仕方だねえ!!やり直して!!」
「年金暮らしの貧乏人から金を巻き上げるつもりか!!」
「たまにはうまいもん買ってくるとか気遣いできないわけ?!」
「ブサイクはどうしようもないね!」
「どうせあんたなんか不幸になるの!」
「頭悪いねえ!生きてて恥ずかしくないの!!」
「あーすべてにイライラする!!」
業突く張りの母親が差し出すのは、私を否定する言葉と、積年の恨みと、呪い。
急速に培われることになった、母娘の、関係性。
壊れてしまいそうだ。
壊れてしまっているのかもしれない。
……けれど
私は、母親に、言葉を返さなければならない。
「うん、わかった」
「お母さんはすごいねえ」
「大丈夫、私がやるから」
「私のせいだね、ごめんなさい」
母親を落ち着かせるために、選んだ言葉。
…なんだ、私、なんとかなってるじゃない?
母親が自室に戻るのを見送って、不意に頬が緩んだ。
「…フン!!!」
「まったくどうしようもないよ!!!」
「あーあ、もう寝よう!腹立たしい!!」
母親と過ごすことで、自分が失われていく。
母親を甘やかさなければ、自分が叩きのめされる。
母親に見逃してもらえれば、自分を維持できる。
あと、何年続くかわからない、母親との不愉快すぎる日々。
私は、自分を守るために。
鈍感であろうと、決めている。