愛別離苦(4)
「……やっと見えてきたわね」
沈む太陽と共に遠くに見えてきた、クレセント伯爵家のものと思われるお屋敷。王都にあるのと同じように厳格な雰囲気の漂う、立派な屋敷だ。
それを窓からぼんやりと見る私とメアリ。……モモとボタンの為に戻るか戻らないかの攻防戦を繰り返した結果、疲れ果ててしまった私達。私の正面に座っているメアリなんて屋敷が目視できるところまで来たというのに、再び瞼を閉じようとしている。
あまりにも馬車の中で大暴れしたので、前に乗る行者と護衛が相談した結果、走る速度を緩めて後続の荷物を乗せた馬車や護衛の馬達との距離を縮めるように走行してくれた。お陰で、無事にソマーズ伯爵令息達を退けて出発したと、護衛の一人が連絡の為早馬が駆けて来たのに、比較的早めに合流する事ができた。
……しかし到着が遅くなってしまった為、到着予定は三時ごろだったにもかかわらず、もう日が暮れようとしている。
「あ……鳥だ」
屋敷と同じ太陽が沈む方向から飛んでくる1羽の鳥。こんなに疲れ果てた状態でもバードウォッチングは欠かさない私。首から掛けていた双眼鏡を手に取り、低い位置にある太陽を見ないように気をつけながら鳥を見る。
「――え?」
見間違いかと思い、目をごしごしと擦ってからもう一度双眼鏡を覗き込んで確認する。
見えたのは、白い鳥。エナガっぽい、尻尾の長い……
「……ゲイル様!?」
明確にこちらに向かって一直線に飛んでくる。間違いない!
慌てて窓を開けると、こちらを目掛けて速度を上げ――馬車内に突っ込んでくる鳥。思わず小さく悲鳴をあげてしまう私と、それを聞いてガバッと飛び起きるようにして覚醒するメアリ。しかしその悲鳴の原因がゲイル様だと分かると、再び座席に身を沈めるようにぐったりとする。
「遅いじゃないか! 心配したんだぞ!!」
鳥の姿のまま、横に置いてあった私の鞄の上に止まるゲイル様。その声色は本当に心配したといった感じで、申し訳なくて謝罪する。
「申し訳ございません。かなり遅くなってしまいご心配をおかけした上に、お迎えにまで来ていただいて」
「報告は受けている。無事なら構わないが、それにしても遅い!」
「……お嬢様が戻ると言い張るから遅くなったのですよ。どうか護衛や行者の皆様は責めないでいただきたいです」
メアリの、報告という名の告げ口を聞いて、ブワッと怒りのオーラを纏わせてくる鳥。表情筋の関係で少ししか表情の変わらない鳥状態であっても、もう明確に怒っているのが感じ取れる!
「戻る……? それは、あのソマーズの男共に会いたくて駄々を捏ねたと?」
まさか、私を差し置いて、あんな変態に心惹かれているとでも? と嫉妬心を丸出しにしてくる。
……出た。ゲイル様お得意の、勘違いからの怒りです!
「絶対に違うと明言いたします! あの場に残してきてしまった家族同然のモモとボタンが、彼らに酷い目に遭わされるのでは無いかと、心配で心配で……助けに行きたかったのです」
あの悲惨な死に方をしていた文鳥のようになってしまったら、と想像するといてもたってもいられなかった。家族を心配するのは当然でしょう?
「私だって、数日ぶりにアルエットに会えると思って急いで領まで飛んできたのに、まだ到着していないと知って、心配だった! どこかで襲われているのではと心配で心配で、報告が来るまでは気が狂うかと思った……私にとってアルエットは、もう家族同然なのだから」
まだ結婚していないのに『家族』と言ってもらえて……怒られているはずなのに、嬉しくなってしまう私。
荷物の上に止まっていたゲイル様をそっと持ち上げるようにして掬い上げ、膝の上に乗せ直し、柔らかな白い羽根を撫でる。……が、最後に撫でた時に比べて明らかに毛並みが悪い!
「ゲイル様……私が居なかった間、不摂生しませんでしたか?」
目を逸らしてくるゲイル様。鳥なのに仕草が人間っぽい。いや、中身は人間なのだけど。
「まさか私以外の女性の方と……?」
絶対に違うと思いつつも、先程勘違いからの怒りを向けられたのをわざとやり返してやる。ゲイル様は、そんな訳あるかと言いながらも、それでもバツが悪そうだ。
「何ならセバスに確認してくれても構わないが……深酒しすぎて、久々に二日酔いだ」
最近はアルエットと一緒に寝る為飲酒は控えるようにしていたから、久々に飲むと飲みすぎてしまってと言い訳をしてくる。
「そんなにお酒が楽しいのなら、私と一緒に寝る日を減らせばいいですよね。今日からせめて半々の割合にしませんか?」
嫌味に聞こえたかもしれないが、心からそう思っての発言だ。趣味をひたすらに我慢してまで共に過ごす時間を増やすかと言われれば……Noじゃない? と私は思う。だって私、鳥と遊ぶ時間も欲しいもの。
「な……」
それに私だって、心ゆくまでゆっくりと寝られる。夜間に体中を這う手や腕の感覚で起こされる事もなければ、絞め殺される心配もしなくていい。
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