発動対象(3)
この回はゲイル視点です(*´∇`*)
「クレセント伯爵。うちのアルエットは元気ですか?」
軍の司令室が入っている建物内を歩いていると、後ろから声をかけられる。茶色の髪に紫色の瞳の男性──カメリア子爵だ。
無理矢理アルエットを奪い去った自覚があるので……義理の父になる人物とはいえあまり会いたくは無かった。しかしカメリア子爵も軍に出入りする人間。公私共に、今後も接する機会はあるだろう。
「勿論元気にしている。……この前は子爵家で騒ぎを起こして申し訳なかった」
謝罪の言葉を口にすると、意外だという風な少し驚いた様な顔をされだが、すぐにいつも通りの何を考えているのかよく分からない飄々とした表情に戻る。
「謝るくらいならアルエットを返してくれてもいいのですよ?」
「すまないが、アルエットだけは絶対に返さない。なんなら結納金を増しても構わないし、領地の一部でも豚でも馬でも羊でも追加で用意する。何でも要求してくれ」
仮に爵位を捨てろと言われれば捨てるし、軍だって辞める。アルエットを渡す以外なら本当に何でもできる。
「治めるのが難しいクレセントの土地は要りません。カメリアからも離れていますし。ですが時々実家に帰るくらいは許して欲しいですね、アルエットだって母親の墓参りくらいしたいでしょう」
昔見たアルエットの母マリアの姿を思い出す。アルエットと同じ髪と瞳の色をして、父ロバートと楽しそうに話をしていた。自分なら妻が他の男と仲良くするなんて許せないが、カメリア子爵は心が広かったのだなとふと考える。……いや、確か政略婚だったはずだがら、愛なんて無かったのかもしれない。
「私と結婚して正式にクレセントの人間になれば、それも考える」
アルエットが完全に私のものになるまでは警戒は解けない。特にカメリア子爵はアルエットの結婚に前向きでは無いと分かっているので……可哀想だが、鳥籠に捕らえたままにするしかなかった。
「……そうですか。その日がくればいいですね」
ほんの一瞬だけ、感じた殺気。まるでいつもの飄々とした印象は化けの皮で、これが本性かのような……。言葉も何重もの意味に取れてしまい、返答に詰まる。
「ちなみに、この婚約の事を先代のクレセント伯爵にはご報告されましたか?」
「勿論だ。親しかったカメリア夫人の娘でかつ能力者であるのも理解して認めていただいている」
何故そんな事を聞くのか分からない。しかし答えない理由もないので正直に答える。
そして返ってこない返事。……もしや、と一つの可能性が思い浮かぶ。
──仲の良い師弟関係。たった一人、鳥の名前がつけられた5人姉妹のアルエット。偶然か、それとも……。
「ゲイル!」
慌てた様子でハワードがこちらに向かって駆けて来た。しかし私がカメリア子爵と話をしているのを見て、申し訳なさそうな顔をし、一礼する。
「カメリア子爵、お話中申し訳ございません。クレセントに至急の用がありまして」
「私は構いませんよ、ただの雑談ですから。では失礼、アルエットの事をよろしくお願いします」
入れ替わる様にして立ち去るカメリア子爵。正直あまり長く話したくなかったので丁度よかった。ただの雑談にしてはとても重く、まるで一人から腹部に、もう一人から背中に、鈍器で挟まれるように打撃を食らったかの様だった。警戒していた前方からの打撃よりも、攻撃を喰らうとも思っていなかった後方からの打撃の方が効いたかもしれない。
──もし、私の想像が当たっていたとしたら。子爵が、幼女趣味では無い私との婚約にまで反対した理由は……相当な闇を抱えている事になる。
「助かった。で、どうした?」
「ちょっとこっち来い!」
特に用件を言わず一緒に来るように要求される。至急の用と言っていたのに、用件を言わないのはどういうつもりだ?
「何だ、用件を聞きたいんだが」
「……アルエットちゃんが来てるんだよ!」
小声で叫ぶように言われる。
「アルエットが!?」
アルエットは今頃研究所にいるはずだ。私と一緒でない時は必ずクレセント伯爵家の馬車を使うように言ってあるし、その行者には私の許可した場所にしか行かない様に命じてある。そして本日許可は研究所にしか出して無い。
まさか昨日の夜会に引き続き、何かアクシデントに遭って逃げてきたのでは? と顔が青ざめる。国が管理する研究所は、登録された者の能力を感じ取って入り口が開くシステムが採用されているので、滅多な事が無いと外部者は入れない。なので安全は守られているが、その道中で襲われたとしたら……昨日の完全に怯え切ったアルエットの表情を思い出し、居ても立ってもいられなくなる。一瞬で怒りのメーターが振り切ってしまい、横に偶然あっただけの何の罪も無い壁に拳で穴を開けてしまった。
「おい大きい声出すなって、子爵に聞こえるだろ! あとそれで今月施設の壁に穴開けるの、俺が知ってるだけで3回目だからな」
そこまで言われて、やっとハワードがすぐに用件を言わなかった理由を理解した。
連れて行かれたのは、私の執務室。将軍職の役職がある私には、一応執務室が個室で存在する。……デスクワークに向いていない自覚はあるし、あまり頻繁には使用しないので物置状態だが。
「ゲイル様!」
扉を開けてすぐに視界に飛び込んでくる、八重の花が咲いたような笑顔。怖い目に遭って逃げて来たのを想像していたので、その笑顔に拍子抜けしてしまう。
「……ごめんなさい、どうしてもゲイル様にお会いしたくて」
ちょこちょこと側に寄ってきたと思ったら、私の表情を見て、伏し目で俯きがちに謝罪してくる。その姿がとてもいじらしく愛らしくて、思わず抱きしめた。髪と同じ赤茶色の睫毛に縁取られた漆黒の瞳は、まるで繊細なレースで包まれた黒真珠のようで、宝石に興味の無い私でも目を奪われるし……更に、私に会いたくて来た? 婚約者が可愛すぎて、今すぐ結婚できないのが辛い。今すぐにでも隅から隅までしゃぶり尽くしてしまいたい衝動を必死に耐える。
「ゲイル、幸せに浸っている所申し訳ないんだけどね、アルエットちゃんのお説教の時間だよ。……研究所から馬車を使わず歩いて来たそうだ。しかも一人で。俺が偶然軍に帰ってきたタイミングで、表門にいたからよかったけど……」
私の腕の中で身を硬くする婚約者。しかも「トマス様、あんなに口裏合わせてってお願いしたのに……」とか呟いている。私に隠し事をしようとしたなんて……やはりこの罪深い程私を魅了する雲雀は、鳥籠に入れておかなければならない。自由に羽ばたかせては色んな意味で危険だ。なんなら羽切りもしておくべきか? 私だけの天からの授かり物なのだから、誰にも渡さない。
「ゲイル様、本当に申し訳ございません。どうしても……どうしても今すぐにゲイル様にお会いして確かめたい事があったのです!」
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