謝って!(2)
「アルエットに手を出したアイツはタンクレット・ソマーズ侯爵令息。夜会の主催者であるソマーズ侯爵の次男で……表書きは立派な人物だが、裏では少女趣味を拗らせグレーな事にも手を出している。近年は行きすぎて小動物にまでその対象を広げていてるそうだ」
ああ……つまりロリコンなのですね? 私に対するあの態度は、やはりそこからくるものだったのか。
「外見が幼いアルエットがそういった類の人物から目をつけられやすいのは認識していたのに、まさか自分の家が主催の夜会で、婚約者と出席しているにも関わらず動いてくるとは思わなかった。対策を怠った私の責任だ」
「タンクレット様は鳥の為の部屋までお作りになっているそうで、見に来て欲しいとお願いされたのですが……そのような趣味の方だったのなら、やはりついて行かなくて正解でした。それに……文鳥をあのような目に遭わすお方は、嫌いです。命を軽視して、残酷な事を楽しんでいるかのようで、恐ろしかった……」
もしも鳥に釣られてついて行ってしまていたら、もっと怖い思いをしていただろう。ゲイル様と出会う前の自分だったらホイホイと釣られていたかもしれない。私にしっかりと言い聞かせてくれたゲイル様のおかげで助かったも同然だ。
「……今までカメリア子爵が相当気にして防御されていたのだな。格上の侯爵家相手だと、こちらも部が悪い。ひとまず会場を混乱させてその隙にハワードが奴を取り押さえ、私がアルエットを助け出したが……特に夜会の主催者の息子となると、その場で糾弾すれば遺恨を残しかねない。貴族間の派閥争いに影響を及ぼす可能性もあるし、そもそもクレセントとソマーズは昔からあまり仲が良くない。今回はどうしても仕事の観点から行く必要があったが、二度と行くものか」
あの襲われていた女性も一味の仲間で、軍人である私をアルエットから引き離す為の策略だったのかもしれない。今後この屋敷外では1人にならないように気をつけてくれ、と続けたゲイル様は……そのまま黙ってしまった。
黙っていても私の髪を触る手は動き続けているのだけど、この状態で沈黙は気まずい。ゲイル様の手の動きに全神経が集中してしまい、置かれた状況に対する恥ずかしさで茹で蛸を通り越して発火してしまいそう!
「爵位では分が悪いと言えども、私は正式なゲイル様の婚約者なのですから、それに手を出せばタンクレット様の方が悪者になるのではないのですか?」
沈黙に耐えられなくなり、単純に気になった疑問を口に出す。婚約とは結婚の約束の意味なのだから、それにちょっかいを出すなんてどう考えてもよろしく無い行為だ。
「所詮まだ婚約者なのだから、クレセントとカメリアが婚約破棄に同意せざるを得ない状況を作り出して交渉してくる可能性だってあるんだ。……例えば無理矢理にでも既成事実を作ってしまうとか」
再び訪れた沈黙。
……はい、余計に気まずくなってしまいました! とにかく私は社交に出る時はゲイル様から離れないようにして自衛するようにしなければ。しかしいつまで経っても一人で行動できないのも困る。どうすれば特殊な趣味の人物が私に近寄ってこなくなるだろうか?
「……では、今すぐにでもゲイル様と子供を作ってしまえばよろしいのでは?」
いわば先手必勝作戦。私はゲイル様のものですよと明確にアピールするのである。ナイスアイディア! と思ったが。
──ガンッ!!
突然響く大きな音。何事かと振り返ると、先程の私に負けないくらい赤面してしまっているゲイル様。どうやら動揺して、先程私が投げつけた桶を蹴り飛ばしたらしい。
「な……アルエッ、いやいや……まさか理解していないのか? 子供は決してコウノトリが運んでくるのでは無いのだが……」
赤い顔の口元を片手で覆うようにして隠しながら、目を逸らされる。
「それくらい知っています。いくら鳥好きと言えども……あ。」
赤面されている訳をやっと理解して言葉に詰まったその時だった。
「アルエットお嬢様? 大きな音がしましたがどうかなさいましたか? 確認の為に入らせていただきますね」
バスルームの外からメアリに声を掛けられる。この状況を見られるのは大変まずい!!
「──ゲイルさまっ、鳥になって!!」
咄嗟に小声でお願いし、瞬時に変化してくれた鳥姿のゲイル様を引っ掴んで湯船に沈め、上から桶をひっくり返して被せる。と同時にドアが開き、入室してくるメアリ。
「随分長い間入られてますが大丈夫ですか? 大きな物音がしたのでまさか溺れていないかと心配で」
「うん、大丈夫よ。ちょっと……夜会で疲れちゃって、考え事してたら桶落としちゃったの」
大きな音は桶の音なのであながち嘘では無い。落とした訳ではないけど!
「もしや掴まれた手首が痛んで髪が上手く洗えませんか? そんな中途半端に濡れてしまって……よければお手伝いしますが」
湯船に近寄ってくるメアリ。ちょっと来ないで! バレちゃうから来ないで!?
「あ、そうだ。それよりも湯船から出たら、ゲイル様にいただいたボディークリームを塗って欲しいな! すぐに出るから、お部屋で用意しておいてくれない?」
「あのクリームですね。……本当にお嬢様はクレセント伯爵がお好きなんだから。ご一緒に頂いたアロマもご用意しておきますね」
パタンとドアを閉めて出ていくメアリ。……湯に浸かっているのに冷や汗が出るかと思った!!
ふぅ、と息を吐いた後「しまった!!」と思って、急いで被せた桶をとる。鳥は水浴びはすれどもお風呂には入らない。むしろお湯に付けると羽根の油が取れてしまって下手すれば致命傷!!
「ゲイル様ごめんなさい! 咄嗟につい……」
濡れ鼠ならぬ濡れ鳥になってしまったゲイル様を湯から引き上げる。せっかくのモコモコの羽根があぁぁあー!!
「……助かった。が、私以外にこれをやったら死ぬからな? 覚えておけ」
「本当にごめんなさい!! ゲイル様死なないでえぇぇえ!!」
どうしよう、とにかく早くゲイル様を温めなくてはならない。羽根についた油分が取れて皮膚まで水分が届くと簡単に鳥の体は冷えてしまう!
「いや、私は変化して戻れば平気だから! そう大きな声を出しては……」
ゲイル様がパニックになった私を落ち着かせようと人の姿に変化して戻る。
湯で濡れたシャツが鍛え上げられた肉体に張り付き、割れた筋肉と沢山の古傷が透けて見えてしまう。銀色の髪からも水が滴り、邪魔だったのかその濡れた前髪をかきあげつつ、もう片方の手で私の口元を押さえようとしてきて。その色気過剰な姿のせいで余計にパニックに陥り、もはや気絶寸前な私!!
「──お嬢様ッ!? どうなさいましたか!?」
大きな音をたてて、スパーンッと勢いよくバスルームの扉が開く。
……一糸纏わぬ姿で倒れそうな私と、その私の口を押さえようとするびしょ濡れのゲイル様。そしてそれを目撃した私の専属侍女メアリ。一瞬の沈黙の後、メアリの悲鳴と怒号と罵倒が屋敷中に響き渡った。
その後クレセント伯爵家は特別警報レベルの暴風雨、大嵐になったのは言うまでもない。
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