不意打ち(2)
「父上、アルエットに無愛想な態度を取るのは辞めてくれ。それが原因でアルエットに逃げられでもしたらどうしてくれる」
いや、それくらいでは逃げませんから。そもそも逃げた所で、行く宛は実家くらいしかない。そして、実家に逃げたって、ゲイル様が武装して追いかけてくるのはすでに実証済みだ。実家の安全の為、決して帰ってはならない。あの怒り様を考えれば、次は領地丸ごと薙ぎ倒されるかもしれない。
「アルエット……雲雀。天からの授かり物か。私が無愛想な態度をとれば、君は逃げてくれるのか?」
鋭い瞳で私をじっと見つめてくるロバート様。少し言い回しが不自然な気がするが……逃げるわけ無いから返事は1通りしか出来ない。
「いいえ、どこにも行きません」
「……そうか。ちなみに君の1番好きな物は?」
何なのだろう、親子揃って事情聴取がお好きなのだろうか? もしくはゲイル様の質問責めは父親似だったのかもしれないと気が付き、ふっと自然な笑みが溢れる。
「私は鳥が好きです。あ、食べ物としてでは無いですよ? 生き物として好きです」
以前ゲイル様に鶏肉好きと勘違いされた一件を思い出し、注釈付きでお答えする。
「そうか……微妙だな」
微妙!? 人の趣味にそんな返事の仕方する人初めて見たかもしれない。普通趣味を否定されたら悲しい気がするけど、何をもって微妙と思われたのか逆に気になってしまう。
そして私に気を使ったのか、ロバート様と私との間に割って入るようにしてくるゲイル様。少しピリついた空気を纏い、私をその大きな背に隠して、まるで衝立のようになる。
「父上。例え反対されたとしても私はこの婚約を白紙に戻すつもりは一切ない。講師役を引き受けてくれると言うから呼んだんだ、突っかかるのはやめてもらえるか?」
「反対する気持ちは無い、誤解するな」
そう言いながら、衝立になったゲイル様に数歩近寄るロバート様。その左足は歳のせいなのか少し引きずっている。こちらからは表情が見えないので何とも言えないが、反対していないと言われたせいか、ゲイル様の纏う空気感は少しだけ柔らかくなった。
「ただ気になるだけだ。ゲイル、お前がその子を不幸にするかもしれないと、理解した上での選択か? その子は、分かった上でお前を受け入れているのか?」
「……理解はしている。しかし不幸にしたい訳ではなく、ただ愛おしすぎて手放せない、というのが正直な所だ。──アルエットにも分かった上で受け入れてもらっていると、私は思っている」
ゲイル様が少し体を後方に捻り、私の様子を確認してくる。その表情は不安げだった。
「本当に理解しているのか? いつか、お前自身が殺すんだぞ。その絶望を覚悟して暮らしているか? 手放して他の道を歩ませてやった方が良いとは思わなかったのか?」
そのまま問われ続け、俯いて黙ってしまうゲイル様。
つまり、ロバート様は……
「私の能力の詳細を把握した上で、私達の将来を心配してくださっているのですね?」
隠されてしまっていた大きな背から一歩踏み出し前に出る。「待て」と私を止めるゲイル様の静止も聞かずにロバート様の方へ歩み寄った。
「私は覚悟した上でゲイル様と一緒にいたいと願いました。能力も制御できるように練習していますが、例え鳥に変化するゲイル様と一緒にいる事で早くに死んでしまうのだとしても……愛する人の生命の一部となれるのであれば、それで私は幸せです。……そんな事になれば、ゲイル様はきっとお怒りになるでしょうけど」
苦笑いで最後の一文を付け加えると、「よく分かっているな」とロバート様も苦笑される。やはり、このお方は心配されているだけなのだ。自分の息子が今後歩んでいく将来を考えて、覚悟を問うただけなのだ。
近づいた私を嫌がる素振りは無く、むしろ優しく手を取り頭を撫でてくれる姿は……カメリアにいるお父様を彷彿とさせた。
「やはりマリアの娘だ。ゲイル、軍人で年上尚且つ夫になる身でそのような生ぬるい覚悟でどうする。覚悟が決まるまでこの子には触れるな、私が預かっておくから心配無用だ」
「父上!?」
慌てた様子でこちらに駆け寄ろうとしたゲイル様だったが、ロバート様が静止を促すように手のひらをゲイル様の方に向けて掲げると、悔しそうな表情をして動きを止める。……武神を片手で諌めてしまうなんて、強い。実質ロバート様が最強なのでは?
「散々婚約者を溺愛しているとは聞いていたが、まさかマリアの娘で、こんな幼さ残る少女だとは思ってもみなかった。結婚出来るまであと何年かあるだろう、その間に覚悟を決めておけ。覚悟無しに愛しては可哀想だ」
……あ、これまた年齢を勘違いされてるパターンですね?普段なら誤解されても面倒だからそのままにしたりするのだが、誤解を生んだままではまずい関係なので……正直にお話する。
「あの……私こんな見た目ですが来年に成人します」
「……ほう?」
「父上、アルエットは17歳です。という訳で、少しでもアルエットとの時間を無駄には出来ないので返して欲しいのですが」
気まずい顔の私、驚いたという表情で目を見開き固まるロバート様、とにかく私を手元に置きたいゲイル様。三者の間に沈黙が流れる。
「ひとまず、坊っちゃまはそろそろ出勤のお時間ですので、話はこれくらいにしておいては?」
沈黙を破ったのは、引いた所から様子を見ていたセバスだった。
「いや、今日は休む。父上がアルエットを返すまで絶対に行かない」
有給は死ぬほどある、と言い放つゲイル様をロバート様が睨みつける。
「お前……有給は働く者の権利だが、そのように使っていいものではない。きちんと前もって引き継ぎをしてからその権利を使うべきだ。国の治安をも司る軍人がそのような態度でどうする。見損なったぞ、お前は将軍として伯爵として、皆の模範となるべき行動を取るべきだ」
ロバート様のご指摘はごもっとも。そう言われてしまえば言い返せないゲイル様は黙り込んでしまった。
「あ、あの。では間を取って少し早めに帰らせて貰えばどうでしょうか?」
その私の提案を受け入れて貰えたのかどうかは分からないが。ゲイル様はロバート様をキツくひと睨みして踵を返した。
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