早贄の餌(2)
厳格な雰囲気漂う敷地内に、抱き上げられたまま連れて行かれる。メアリ達とも別れ、早速伯爵様と二人きりになってしまった。
立派な彫刻が添えられた噴水や、よく手入れされてた庭植えの木々たち。さすが伯爵邸といったところだろう。たかが子爵令嬢には場違いな程だ。
伯爵様は私の体調が悪いと思っているので、緩やかな歩みで庭を進む。それが私の罪悪感を誘った。
(緊張のしすぎで本当に体調が悪くなってしまいそう……)
「自己紹介が遅れてしまったが、私の名はゲイル・クレセント。この屋敷の主、だ。と言っても年老いて隠居した父から、爵位を継いだばかりなのだが」
私の方なんて全く見ず真正面を向いたまま、しかも歩きながら自己紹介される。「無骨で亭主関白そう」と言った姉妹の言葉の意味がよく分かった。
「アルエット・カメリアと申します。あの……これではご挨拶のお辞儀も出来ないので」
降ろして欲しい、とお願いするつもりだったのだが「そんなの気にしなくていい」と割り込むようにして言われてしまう。なけなしの知識で考えた降ろしてもらう作戦は失敗に終わった。
「ところで、アルエット嬢。花は好きだろうか? カメリア、というだけあって椿が特に有名だったと思うのだが」
領の名前ともなっている「カメリア」とは「椿」という意味で、その名の通りカメリア領は椿をはじめとした花の産地として広く知られている。王都に近いので花は需要もあり、私も繁忙期には手伝いに出たりする。
自己紹介からの突然の話題転換には、少し不自然さも漂う。しかし花の話題を振られる事には慣れているので素直に乗ることにした。
「お花は大好きです。特に木に咲く花は、鳥が蜜を吸いにきたりするので」
思い出すのは、前世でスズメが桜の蜜を吸っていた光景。幼い頃見た、スズメが桜を千切ってクチバシで咥えている姿が、あまりにも可愛くて……それが私を鳥好き道へ進ませるきっかけとなった。
「良かった。実はアルエット嬢との婚約を機に庭の一角に椿を植えたばかりで。見てもらえるだろうか?」
(……今、婚約が確定している風に言いませんでしたか?)
気のせいかなぁと思いながら、抱かれたままの状態で庭を進む。見えてきたのは予想よりも大きな椿の木。庭植えできるという言葉からそこそこの大きさだとは思っていたが、この大きさだと樹齢十五年はありそうだ。
「わぁ、立派な接木の椿ですね。よく見たいので降ろして頂いてもよろしいですか?」
そう言うとやっと地面に足をつくことができた。これほどまでに心配されるなんて、どれだけ貧弱な令嬢に見えてしまったのだろう。本当はメアリに「お転婆は程々にしてください!」と叱られる程なのに。
「やはり産地の者には簡単に分かるのか。購入する時に接木と挿木どちらが良いかと聞かれ、分からないから活きの良い方を頼むと注文した」
木に対して活きの良い方なんて表現する人は珍しい。簡単に言うと、枝を切ってそれを新しい木として育てるのが挿木、他の木にくっつけて育てるのが接木だ。
「接木の方が、土台にしっかりした品種の木を採用する事で植え替えや病気に強い木を作ることができるのです。この子はしっかりと育ったいい子ですよ」
「そうか。婚約の記念にと思って植えたのだから枯れたら困る。せっかくアルエット嬢と同じ年生まれの椿を接木した物を買ったのだから、ずっと元気に育ってもらわなくては」
(……やっぱり婚約が確定している風に言っているわよね? それに、そんな誕生年のワインを買うようなやり方で木を選ぶ人も珍しい)
私はチラリと伯爵様を見上げた。190センチ以上ありそうな背丈。小柄な私とは身長差がありすぎて、どれだけ見上げても俯いてくれないと顔が見えない。その身長差約40センチ。真正面を向かれていると喉仏と顎しか見えないなんて……どれだけ恐ろしい表情をされても見えないのだから好都合ではないだろうか。
「あの、伯爵様?」
先程までは挨拶する時ですらこちらを見なかったのに、呼ぶと直ぐに俯く精悍な顔。優しそうとか綺麗な分類では無い、凛々しくて強さの滲み出るような顔の造りは……まるで戦場をテーマにした彫刻のようだ。
「ゲイル、と。私もアルエットと呼びたい」
「えっと、じゃあゲイル様? この度は私に婚約を申し込んでいただき、ありがとうございました」
爵位も歳も下の私が呼び捨てにできるわけがないので、とりあえず様付で許してもらう。
「ゲイル様のような武神と言われる素晴らしいお方が、何故私に婚約をお申し込みに?」
「アルエットが良いと思ったからだ」
ズバッとした物言いに、思わず怯む。しかし私にだって、譲れない点がある。
「……実は、結婚に関してどうしても譲れない点がございまして、それをお許しいただけるかどうかお伺いしてお返事しようと思い──」
「返事、なんて必要ない」
降ろされたばかりだったのに、再び宙に浮く体。今度は掲げられるように縦抱きにされ、あんなに高くにあったゲイル様の顔が私の胸元あたりにきて、逆に私が見上げられる。
獲物を捉える時の殺気立った猛禽類のような、鋭く睨み付けるような表情があまりに恐ろしくて言葉が出ない。まるで早贄にされた餌、突き刺され動けなくなった餌のように、体が動かない。睨まれただけで心臓が止まる、とはこの事か。メアリの言った通りだった。これが戦場で敵として現れたらと思うと、体の中心がひゅっと冷たくなるような心地がした。
「返事が何であれ、必ず私が手に入れる。その口が何と言葉を紡ごうが、どこまで飛んで逃げようが、関係ない。逃れられるなんて思わない事だ」
「あ……私は、ただ……」
私はただ鳥と一緒に暮らしても良いか聞きたかっただけで、それさえ許されるなら逃げるつもりなんて少しもない。
──「亭主関白そう」「餌よ、餌!」
脳内を、大反対してきた姉妹達の言葉が駆け巡る。呑気に鳥のことばかり考えていた私が馬鹿だった!
(私、こんな恐ろしい殺気立った表情をする人と一生暮らすの……?)
「……そんなに絶望した表情をされると、流石に少々傷つく。アルエットの譲れない点が何なのかは知らないが、身も心も私の元にあるのなら、ある程度何でも許すつもりでいる。だから、」
抱き上げられた高さが少し下げられ、同じ高さになる目線。鋭い視線に混じる、求め焦がれるような眼差し。感じる吐息の熱に、触れ合う唇。頭からガブリと食べられてしまいそうな雰囲気を醸し出していたのに、その触れ合いは軽く接するだけで……逆にゲイル様の唇の方が震えているように感じた。
「──だから、お願いだ。ずっと私だけのアルエットでいて欲しい」
次話は明日20時更新です♡
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